暇がないから?トシだから?
「暇がないのでホームページやブログなどやらない」と語気つよく言われるといささかむっとする。じゃー聞きますがね(笑、口に出さないつぶやき)、暇ができたらやるんですか?いまホームページやブログでせっせと発信している有名無名の人々は暇なんですか?「暇ができたら発信するよ」と言っていた□□氏だが、ほとんど見たことない、暇になったはずなのに。メール発信は暇(自由時間)ではなく情報感度の差である。会社でも窓際族はメールしない。
正確には、「自己発信や表現欲が弱く、かねて興味はあるが踏み出せない」「知友の書いたブログはたまにちらっと読んでいるが、他にやること充実感のあることが多く、自分が作るとなると優先度が低い」「ブログって日記でしょう?そんな私事を公にするなんて気がしれない」ではなかろうか。その理由(誤解があるが)なら納得できる。「あんたも好きねえ」という冷やかしにはにっこり、正解だから。「暇がないので・・・」は形を変えたミエである。

私の場合でいうと、忙しい?会社員時代、息抜き、自分とり戻しの時間がホームページ作成&更新だった。一杯の珈琲の癒し、それがなければストレスを乗りこえられなかっただろう。2004年11月21日自己発信の延長としてブログに移行した。身辺些事に題材を得ても家族に迷惑をかけていない。省略、婉曲(ぼかし)、匿名の工夫も楽しいところである。
「無機質なデジタル空間に超アナログな人間模様を描きたい」という15年前の意図は達成されたか。ブログ知友の日常をかいまみるに、結構忙しくしていて「他にやることがないので暇で」ブログを書いているようには思えない。市井に生きる人々の止むにやまれぬ自己確認、「自分を持っている人」ならだれでもブログを持続できる。アナログの集まりでブログの話題を切り出すことはまったくない。現職場のだれも私のブログに気づかない。だから書きぶりを気にせず助かる。
一般に習い事の別な言い訳に「トシだからできない」「トシだからうまくなれない」がある。これも形を変えたミエである。私は若い時期から絵を描いたり彫刻したり作曲することはできなかった。見たり聞いたり(賛美)は好きだが、その方面の才?がない。よってトシに関係なくむかしも今も、努力してもムリなので制作を習おうとも思わない。水泳上達に関しても「暇がないので」「トシだから」という言い訳をしない。
備忘録:5月24日(木)TKUへ、新緑の石神井川歩道を歩いた。玉川上水ほどの由緒来歴や距離もないが新緑(桜並木)はこちらも素晴らしい。カメラを持参したが撮り忘れ、ネットで拝借する。往路1時間のやや汗ばむウォーキング、水が澄んで川面にゴミがないのがうれしい。
上の写真は拡大しない。友綱親方(左)と元大島親方(右)に支えられ、銀杯の酒をあおる旭天鵬、墨田区の友綱部屋。背景を知るファンにはしみじみとうれしい。下の写真2枚は画像の上にカーソルで拡大、離れると元に戻る、ロールオーバー効果を細工した。


















1年ぶりの合唱団演奏会を聴いた。デジカメ録画にトライ、YouTubeにアップしようとひそかにもくろんだ。ブログ作者、デジタル職人の血がわさぐ。目立たないように最後列の椅子にすわり、手のひらサイズ卓上三脚を点検する。開演前のアナウンスがあるが聞きとりにくい。「会場内の写真撮影、録音はご遠慮願います、ケータイ電話の電源はお切りください・・・」といっているようだ。ありゃー、やっぱり。ルール違反をしてまでカメラをかまえる気はない。団員各位が多忙ななかで練習してきた集大成、主催者に正式な映像撮影(記録保存)があってよいかなと思う。もったいない、すべての舞台芸術は幕引きと共に消えてしまうから。
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