2006年6月27日 (火)

50年の悲しみ

知人からはじめて聞くご家族のことである。「・・・弟が入院してもう50年になるよ。18歳で精神を病んだ。治療の失敗もあって他にも障060616a_3がある。家内と月に1度見舞いに行くと車椅子で出てくる。誰をうらむでもなく実に穏やかな顔をしていて救われる。・・・せめて先に逝ってくれればと・・・」ご両親は亡くなられ、知人も病身である。 奥さんが「むかし義父は病院からの帰りに号泣したそうです。」と言葉を足された。さらに「・・・最近よく弟の夢をみる。二人で遊んだ子供の頃のこと。楽しかった。」年をとってみるもの。長い間世の中の一面的なことしか見えていなかった。悲しみなどという単純なものではない。うかつであった。沈黙や言葉少ない人にしばしば容易ならざる事態が隠されているのに敏感になった。

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コメント

 情報過多の社会と言われていますが、情報偏重の社会とも思えます。それ故に本来敏感であるべき人間のさまざまな素晴らしい部分がいかに眠らされているか、押さえつけられているか、そんな気がします。
 知人の方の「弟と遊んだ子供の頃の夢、楽しかった」にはジーンときました。

投稿: 千里山の凡人 | 2006年6月27日 (火) 09時40分

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