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2006年7月31日 (月)

帰省ブルー (ゆううつ)

30年も前鹿児島への帰省では、まず私の実家に寄って1泊しその後カミさんの実家に寄る、という順番だった。家どうしは車で30分、孫の顔を1年ぶりに見たい親が待っている。古き薩摩の女性であるカミさんは嫁を意識した。いまにして思うが義理の実家と実の実家とはくつろぎの気分はまるで違ったのではないか。それはお互い様である。子供のいない妻にとって夫の実家と親戚との歓談はしばしば苦痛である。「お子さんはまだですか」という視線に刺され、子供がいればいたで「孫をしっかり育ててくれてありがとう」と義母にほめられる。

(お母さん、私は自分の子供を育てているのであってあなたの孫を育てているのではありません) 昔は家族や地域の絆が強くてよかったという懐旧の情もあるが、こんな骨肉のしがらみがヨメさんを帰省ブルーにしていたのも確かである。へんな気をつかわない核家族はそれなりに女性を解放した。そして就職や結婚や出産、育児など「幸せのカタチ」を想定してそのモノサシを他にあてはめるのも傲慢である。それらを希望してもかなえられない人は多いし、何を幸せとし安息を感じるかはおかすべからざるそれぞれの個人と夫婦だけの区域である。

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2006年7月28日 (金)

人事の季節

このブログを今後どう発展させていくか思案中である。消失した前ブログの経緯がある。カテゴリーもわけていないしデザインにも凝っていない。前ブログは黒背景色に白文字だった。いずれ時期をみてという楽しみもあるが、シンプルが究極の美という納得もある。作者名をどうするか。発信の責任という意味では実名がベストだが世界の不特定多数の目に触れるインターネットではさしさわりのある記事が書けない。仕事や家族の書き方にキータッチが逡巡する。ペンネームに転換するか。

060616b 中央省庁のキャリア役人の皆さんの人事の季節である。便利なメールで「ご挨拶や異動連絡」が飛びかう。「○○県△本部長に転勤します・・・」「凸凹県○△事から戻りました・・・」 また事務局に挨拶に見える。「世界○○理事代理でワシントンに赴任します」「凸凹大学の○△で1年間アメリカに行きます」腰をうかせて「ご苦労様です」と挨拶をかえす。40代の働き盛り。能力と人物はおおむね一致する。公務にご活躍を期待しますが健康や家族を犠牲にするほど没頭しないで下さい。組織プレーに代わりはいます。

備忘録:7月27日(木)、テレビと洗濯機を購入設置し古いのをリサイクルに出した。7月29日(土)、30日(日)の更新を休みます。

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2006年7月27日 (木)

歎異抄と資本論

梅原猛氏の解説やテレビのシリーズを参考にしながら親鸞の歎異抄を読む。朝夕の地下鉄で喫茶店の待ち時間に。何より文字の大きいのは助かる(講談社学術文庫)。あれこれ自分のために図ることは有害であり自然の大きな力にすべてをゆだねよ、と説く。無宗教の私は念仏はわからないのでそれは無理と反応する。自然と個人が闘うキリスト教。流浪する日本人の原型を確認するためにまじめな僧侶の皆さんのアクティブな行動に期待したい。煩悩具足の凡愚と自省する。真から凡愚と思っていない別の自分が存在する。知識を得ることは有益であるが時にしばしば理念が空転する。人間洞察の書である。

大手の損保会社から保険金不払いで金融庁から業務停止をうけましたとお詫びの手紙がきた。三菱、トヨタ、松下、パロマ、製品不良への対応が遅れて幹部のお詫びの記者会見。カメラに一斉に頭をさげる見なれた風景。東京地検が悪相ではないホリエモンや村上ファンドを逮捕しても巨悪(仕組み)は眠る。利潤追求が最高の価値になっているかぎり「ばれないようにうまくやる」のが企業人の務めになる。政治の腐敗根絶は企業団体献金や政党助成金の全面禁止である。政治にカネがかかるからでなく個人浄財の範囲で政治をやればよい。いま新鮮に読みかえすマルクスの資本論。社会洞察の書である。

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2006年7月26日 (水)

年下の先生

部下との関係で私の人徳のなさに起因する嫌な思い出もある。先日ある用件で会社の窓口に一般的なメールをした。個人名で社交辞令ではない?返信があった。彼女にも十分な指導ができなかった悔いが残る。いまはバーチャル(仮想空間)で二人の部下がいる。IT会社の男性営業とプロバイダーの女性SE。私は顧客であるが機器の注文や金額は小口である。訪問やメールでしばしば最新トレンドを教えてもらう。

066015d ビジネスと対価を超えていると思う。営業にいまはセキュリティ関連資格が重宝されると聞いてなるほどと思い、SEにはオンラインアンケートの懇切なサポートを受けて新機軸を開いた。部下扱いは失礼で先生である。私は費用以外に何かをお返しできているだろうか。バーチャルの部下は人間関係の煩わしさがない。彼らが充実感をもって仕事をしているか悩みはないか、顧客重視が会社に正当に評価されているか気にしている。

写真はミレーの家(フランス)。

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2006年7月25日 (火)

工事立会い

事務所の通信ひかり化(NTT東日本)や電話増設で休日出勤した。床の下にケーブルをはわせたりパソコンで設定、テストなど2、3時間はかかるでので平日はむずかしい。5月20日(土)、6月25日(日)、7月15日(土)。この工事立会いという仕事、私はボランティアでもやりたいほど楽しい仕事である。最新ITの現状が下手な講演を聴くよりナマナマしくわかる。トラブルもあり宣伝ほどスムースでない。パワーポイントでネットワーク構成図や機器、回線料、通信料金の提案を検討する。

イニシャルコスト増とひかり通信への移行によるコストダウン。初日は8人も来られた。それぞれ専門がわかれている。ジャマにならない程度に手元をのぞき質問する。ONUという見慣れぬ機器がある。モデムやルーターはなじみになったがこれはいかに?Optical Network Unit(回線終端装置)、光ファイバーの信号を変換する装置。 電話関連はまだ私にはブラックボックス。植木の水遣りでぬれそうになったので機器(4つ連結)をまとめ植木を移動し朝のミーティングで注意喚起した。

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2006年7月24日 (月)

老いのさまざま

長島茂雄さんの脳梗塞(リハビリ中)、橋本龍太郎さんの多臓器不全(死去)、王貞治さんの胃がん手術(成功)。橋本さんは剣道をやっていたがあっという間だった。生涯スポーツの実践者が大病に遭遇する。運動の効用はいろいろあるが筋肉や心肺機能をきたえても血管の硬化やがん細胞にはむずかしいようだ。逆に若い頃から病気がち満身創痍の人が病院と仲よくしながら意外に長生きする。遺伝子病を用心し運としかいえない発病を覚悟するしかない。060616h

還暦過ぎても老人や老女というジャンル分けには当人が不快である。”老”に刷りこまれたイメージの修正を願いたい。老は長生きの証。特攻隊など年とることを夢見ながら多くの命が奪われた世代にくらべて平和を生きた。老のデメリット(ひがみ、自慢話、がんこなど)の症状を抑え、メリット(まわりへの気配り、公益奉仕など)を目だたせる。遺伝でも運でもない個人の努力。鹿児島語の「おせんし」(年配者たち)には敬意のニュアンスがあり個人でなく集合体である。

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2006年7月21日 (金)

コメントはビタミン剤

ブログのアクセスランキングというのがあって、以前なんどか見たが桁外れのアクセス数と中味が一致していないと(私には)思えた。これはホームページも同じで他人やマスコミからお勧めサイトを教えてもらってもお気に入りに登録する気にならず登録しても2度とアクセスしない。継続してアクセスするのは自分で探したものに限定される。なぜだろう?・・・どうにも原因分析ができない。

スポーツや芸能人の場合はコンテンツよりも「著名人の素顔」への興味である。著名に関心がないと離れる。また作者がアクセス数が多いことを意識した書き方になっていないか。反面教師である。借り物でなく自分の体験、感性、問題意識を事実で表現したい。コメント・仮面舞踏会はビタミン剤。かたまらないように複数のハンドルネームを使い分ける。これもブログの醍醐味である。

7月22日(土)、23日(日)の更新を休みます。

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2006年7月20日 (木)

ほめ方のワンパターン

Aさんと二人で虎ノ門でランチ。「・・・吉永さんはこの組織になくてはならない人ですよ。」 (お世辞とわかっていてもまんざらワルイ気はしません) 次の日、Bさんを加えて3人で昼食。Aさん曰く「・・・Bさんはこの組織になくてはならない人ですよ。」 (え~っ、それ昨日ボクに言ったセリフとまったく同じじゃないの) Aさんが八方美人とは思わない。真相はこうである。自分にない060615cもの(特長やタイプ)をもっている人への評価はあまくなる。ほめ方のワンパ ターンがある。努力しても手に入らないものへの憧憬。たたき上げの上司が高学歴の部下に(根拠もなく)敬意をはらう。英語のできる部下、字のうまい部下、などなど。偏愛された部下は自他共に実体を見失う。私にもほめ方のワンパターンがあった。「・・・あの人はよくできた人ですよ。実力があってかくれた人情味がすごい。」組織の矛盾の中でそのスタンスを維持するのは容易ではない。若い日の上司山下俊彦さん(後の社長)にはじまって自分にはついにできなかった。写真はパリのレストラン。

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2006年7月19日 (水)

ジダンの頭突き

ワールドカップ決勝戦は朝5時ごろから観た。既にPK戦になっていていいタイミングで起きた。アナウンサーがジダンが退場したというので録画で確認したらレッドカードでたまがった(鹿児島語でサプライズの意味)。前科がある短気なジダンが場所柄も考えず錯乱?と思わせた。イタリア選手が「母と姉を公けに口にできないような言葉で侮辱した」のがもし事実ならであるが、私はジ060616gダンの怒りを支持したい。試合前に両方のキャプテンが「人種差別をしません」と宣誓する。公平なるべきスポーツに隠然たる人種蔑視がある。日本のプロ野球でも活躍する韓国選手に観客から差別ヤジが浴びせられた。貧しい家庭ほど母親は男の命である。身体をはって守らなければならない名誉がある。サッカーのルール以前の問題。ジダンさん、今度同じ悪罵を受けたら、頭突きでなくシリをフリーキックしたらどうですか。怪我をさせない程度に足加減して。民族と人間の尊厳とはなにか、テレビを観ている世界の子供たちへの教育になる。写真は大英博物館にて。

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2006年7月18日 (火)

1-1=0

1-1=0、に一羽の小鳥が梢にとまり飛びさる情景を連想するのは文学センスであり、偉大なる0の発見にこうべを垂れるのは数学センスである。某主婦から小川洋子著「博士の愛した数式」を薦められそのままになっていた。著名人ではないが彼女がさりげなく語る言葉は京セラの稲盛和夫氏より重い(へんな比較ですね)。実生活からくるインパクトである。得意の本屋の立ち読み、拾い読みができない本だった。文庫本が出たので最初から筋をおさえて読んだ。

深夜読んでいてそのままベットで眠り込み、起きたら開いた本を寝押ししてカバーが少しやぶけた。おもしろい。数学者の思考回路を小説にしようとした着想がユニークである。素数や友愛数の美と調和、フェルマーの定理の証明など。美しい純粋数学ほど応用価値も高いそうだ。取材を受けた藤原正彦さんが解説を書く。本はこちらの受け入れ準備ができているかで沁みかたが違う。発売から2年かかった。終局、自分の経験を重ね合わせ自分を読むこと。

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2006年7月17日 (月)

井戸と時計

次弟から写真添付のメールが来た。空き家の実家をこわして跡地に建てた妹の新居。4月に完成したが写真を見るのははじめてである。笑顔の妹夫婦にほっとひと安心。写っている井戸は屋敷内3家族の運命を見守った。井戸の傍が炊事場になる。50年も前、父が盆正月に鶏をつぶしてコシタエ060702idoル(鹿児島弁で調理するの意味)。その周りに子供やいとこたち総計10人がしゃがんで見た。1家族は父が戦死、1家族は病死で両親がいない。その有為転変を私が書くのは傲慢である。亡き父母も新築をよろこんでくれるだろう。そう思ったらじーんとした。新築祝の品物に迷ってい た。妹には30年前宮崎の埴輪のレリーフをもらって和室に掛けてある。何個あってもいい時計を思いついて有楽町のビックカメラで選んだ。時計売り場が大幅に拡大し別階で贈り物の包装、のし(PC印字)までしてくれる。闇でも蓄電で光りますに裏切られていたので、暗くなると電池で微点灯する電波時計にした。

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2006年7月14日 (金)

やっと動いた

毎日更新ブログとしては週日に休みたくなかったが、ココログ(@nifty)が2日間メンテナンスで編集画面に入れずやむをえなかった。13日(木)の14時にやっと、投稿しておいた記事が下にアップされたのでご覧下さい。

コンピュータのメンテは深夜など利用者に迷惑をかけない時間を選んでせいぜい数時間で終わるのが常識だが、システムが追いいつかないほどブログが急膨張しているということか。データベースの分散化が根本解決とかで先は長い。今回の救いは進行状況が報告されたこと、トップが陣頭指揮しての徹夜作業であったらしいこと。7月15日(土)、16日(日)の更新を休みます。

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2006年7月13日 (木)

西洋に対抗するもの

写真はイギリスの農村、走るバスから撮ったのでピンボケ。パリのホテルに泊まって最初の印象は室内のカラーコーディネイトである。華美でなく貧相でなく水色のおちついた配色だった。さすが芸術の都と思ったものだ。街づくりから建築まで西欧文化は日本を席巻する。明治期は鹿鳴館などあから060617bさまな物まねで欧米にバカにされまいとした。赤坂の迎賓館もベルサイユ宮殿を模した。西洋文明の底流であるギリシア文化とキリスト教。アジアも古さや宗教では負けない。世界の都市にコンクリートが林立して交通機関が過密になる。人口集中への対応でどこも似てくるのはやむをえない。地方や田舎にはそれぞれの国の伝統が守られていいのではないか。それしか欧米に対抗できないし日本人の誇りはない。いまや経済効率にけちらされ瀕死状態。フランスやイギリスの農村地帯をめぐりながら「琵琶湖の桜並木」で丁寧に紹介された滋賀の棚田を思い浮かべた。探せば東京の近郊にもあるかもしれない。

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2006年7月11日 (火)

数学と文学の間

数学者にしてエッセイストの藤原正彦さんの文庫本を読む。朝 夕の地下鉄で2、3本ずつ。読後感は疲れる、である。いや疲れるほど濃くて先天性のユーモアがある。数学は無限を扱い解が見つからない限り努力しても無、文学は命の有限を意識するからさまざまな情感がなりたP1000590_1つ、途中経過でも作品になるという説。わかったようなわかならいような深遠なお話。数学と文学の両方で傑出した人はいないとのことだが藤原さんの場合はどちらか。「国家の品格」がベストセラーである。藤原さんの思想と感性は10年も前に出尽くしている。電車の中で暴れる子供の襟首をぐいとひっぱる、無作法な子供のすねを蹴とばして黙らせる、体罰の効用と実践のすすめ。下手に言葉で注意する方が傷が残るという体験談も説得力がある。米沢富美子さんは「人物で語る物理入門(岩波新書)」でマクスウェル電磁気の体系のうっとりする美しさを語り、藤原さんもまた数学の論理の美しさを文字にする。

写真は「千里山だより」から借用しました。左クリックで拡大。一種の清涼感は芸子さんが真ん中でなく右にずれていること、後ろ姿で前面にですぎていないこと、からくる。秘すれば花、論理でなく感性の世界。

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2006年7月10日 (月)

補助線を引く

宴席の相方が「今でも補助線を引く夢にうなされるよ」と言う。数学に関しては受験終了のゴングと共に補助線も変数もピタゴラスの定理も頭から消えてなくなった。卒業後30年以上もたっても夢に出るとは、頭の構造はさまざまである。しゃべる速さで文章を書き同じ速さで微分積分の難問を解く生徒がいる。ホームルームで「数学の美しさ」を討論しかけたら担任の先生が飛び出して「君たち、何をねぼけた話をしているんだ。物理、科学で数学がベースになるのはあたり前だ。数学の勉強法にテーマを変えろ。」と怒って美の討論をうち切らせた。

私のロマンチシズムは有害であった。世界史の先生は教科書を繰りながら、これは試験に出る、これは覚えなくていい、とテクニックを解説をした。横の友人は精密に書きとる。人物論とか歴史の挿話を聴きたかった私は失望した。特進についていけない。少年はおちこぼれ意欲がなえた。学校に対して意固地になる。最後に選んだのがZ会の通信添削である。数学は難問が多く半日考えても解が見つからない。それでもふっと解けることがある。赤ペンの返信でほめられうれしかった。自分はじっくり型、努力型だと思う。後に長男にZ会を薦めた。

ココログ(@nifty)編集(管理)画面へのアクセスが極端に遅くなった。OCNと比較すれば違いが瞭然。100万人ちかい?ブログ作者が一斉にいらいらを貯めている。メンテナンス予告がされているがそのうち暴動がおきるのでないか。

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2006年7月 7日 (金)

アフリカの勝利

先週の土(7月1日)は徹夜してワールドカップを2試合も観た。特に応援しているわけではないがブラジル、ドイツ、フランスに関心がある。準々決勝で敗れたブラジル監督は帰国後ふくろ叩きにあうのだという。別の国に避難することをおすすめする。開始前のセレモニーで両チームの主将が「人種差別をしません。」と宣誓書を読み上げる。フランス、イングランド、ポルトガルなど黒人、有色選手が多くがまじる。テレビ観戦の印象であって正確には知らない。060614c かつての植民地、アフリカの出身である。移民国家と割りきることもできるしサッカーがそれだけ国際スポーツになっている証拠。大相撲も外国力士の旋風である。ノーベル賞で欧米が圧倒的でオリンピックやサッカーで活躍するのがアフリカ人種。頭脳・身体能力において先天性のものがある。アフリカや南米のチームにも白人がいるならおあいこだが見つけるのはむずかしい。フランスの星・ジダン(34歳)は後頭部がはげているので親近感がある。アルジェリア移民の二世だそうだが、独立運動の中でジダン一族にどんな歴史があったのかも興味がある。いまは一緒に過激な歌詞のラ・マルセイエーズ(フランス国歌)を歌う。熱狂するワールドカップをアフリカの人々はどんな気持ちでながめているのだろう。「どこの国が優勝しようと関係ない。アフリカの勝利だ。」

7月8日(土)、9日(日)の更新を休みます。

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2006年7月 6日 (木)

幸せ芝居の舞台裏

会社OB会のホームページがあってHP委員からアンケートが送られてきた。自由記述欄に次のコメントを書いた。「全体として、定年後悠々自適の趣味ライフの紹介、幸せのおすそわけが多いようです。それはそれで結構かと思いますが、高齢者を取り巻く状況はあまくないと思います。配偶者の病気、死去、家内での確執、自身の健康、税金、年金目減り、子供の介護など、いろんな困難があります。再就職しないとやっていけない人もいるでしょう。個人情報に配慮しながら実態が過不足なく反映されるHPを希望します。 」誰でもミエはあるので自分と家族の「いいところ」を披露して「悩みや苦しみ」は隠すかごく親しい人にしか話さない。共感の広がりという点では、「いいところ」では部分的であり、「悩みや苦しみ」の告白の方が大きい。わが家でいえば夫婦元気でいまも「非正規労働者」を続けられるのは確かだが、年金だけでは生活していけないのも事実である。その事情(格闘記)を赤裸々に書いたら読者も増えるだろうがプライバシーの制限がある。

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2006年7月 5日 (水)

満ち潮ひき潮

嫌われないうちにいかにすっきり辞めるか身をひくかはむずかしい。私は前の会社をバスに乗らず満期で押しだされず季節はずれに辞めた。退職式は一人だった。廊下ですれちがう後輩から「まだいるの」という視線を感じたかも。自分のミッションが終わったことを自分で判断する。これには職場と家族の条件がいる。倒産すれば否応もないし生活のため固守することもあるNagowan。老害とプライドは紙一重。目安がある。「今後は大所高所からご指導をお願いします・・・」と持上げられたとき。真に受け る甘い言葉であるが、これは戦力外通告、盛大な感謝会はもう来なくていいですよというサイン。

ITの荒波で大所高所は平たい丘になった。小所低所で実務と格闘しないと全体も見えない。戦略は細部に構想は組織外にある。分厚いデジタル機器のマニュアルにはメーカーの衆知と文明論が凝縮されている。個室の思索は休むに似たり。手足を動かし汗をながし学びて時に考える。満ち潮ひき潮の美しさ、部下におそるおそる進言される前に自覚するのが年の功ではなかろうか。生活の心配のない元エライ人のさびしさ対策としてケータイ習得がいいようだ。

写真は名護湾、ブログ「人生いろいろ、旅はうろうろ」から借用しました。

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2006年7月 4日 (火)

言い訳

昨日は昼は仕事。訪問看護に関する専門家講演のカセットテープをデジタル音声化、次年度の会員名簿作成でIT会社、印刷会社とキックオフ、ひょっこり訪ねてきたPC営業マンと新機種導入の打ち合わせ。帰路に降りて7時~9時半、FP(ファイナンシャルプランナー)30回シリーズ受講の5回目(旅で2回欠)、知るを楽しむ。夜は一時閉鎖している同窓のブログ(アクセス制御あり)の引越しワーク。画像の再アップに時間がかかる。コメントだけでなくメンバーに新規記事作成ログインID、パスワード開示の思案。ほぼできあがってもやり直し作業が続く。とまあいろいろで、深夜のわがブログ更新が朝起きてからになった。暇人の多用、忙中の閑。

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2006年7月 3日 (月)

同性の評価

活躍するピアニスト(女性)のブログに先日NHKで放送された世界遺産「モン・サン・ミシェル」の感想があった。レポートしている女性アナウンサーが甲高い声で、シーンが変わるたびに、「わー」「きゃー」「おいしそ~う」「え~」「すご~~~い」を連発、どうしてこんなにはしゃぎ回る必要があるのか、これでは映像がだいなし、見る気がしなくなった、と。ここを訪れて(掲載写真)、060613a坂道の土産物屋に清水寺参道を連想した。NHKの低俗化は同意するとして、アナウンサーがかわいそうな気もして、どうだったかなあ、と録画で確認した。 私はそれほど気にならない(聞こえない)。「わー」「きゃー」は音声編集でカットできるはずだから必ずしもアナウンサーの責任ではない。ひとつは音声に関する感度の違いである。音楽家には格調高い映像に声の雑音が耳ざわりで、鈍感な(演歌ひと筋の)私には許容範囲。もうひとつは・・・はしゃぎに対する同性としての嫌悪ではないだろうか。かんぐりすぎだろうが酷評にそう思ってしまう。メール返信で宛先の性はほとんど意識しない。シリアスに真摯でお茶目にはおどけて返す。

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