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2006年8月31日 (木)

ドライブ

夏休みで老夫婦が自宅にこもっていて最後にはケンカになったという話を聞いた。なんとなくわかる。子供が家を出てカミさんと向かい合ったら会話がなめらかでなかった?記憶がある。子供と三角点を結んでしっくりなじむ。趣味嗜好が異なるわが夫婦は一緒にでかけることは少ない。部屋も別、パソコンも別、このブログの存在すらしらないのは好都合である。内容に気をつか060830bわない。カミさんが富士山を近くで見たいというので久しぶりのドライブ(8月29日)。中央道の途中で雲がかかった高嶺が見えた。

河口湖をめぐり富士スバルラインで五合目まであがる。1キロ手前で止められて歩く。上も下ももやがかかって何も見えない。カミさんは同僚にお土産を買った。「花の都公園」に寄る。富士展望名所らしいがここでもまったく見えない。湘南海岸は渋滞した。5時前に茅ヶ崎の保養所に着く。掃除がゆきとどいて夕食は美味適量である。ビールと地酒で酔った。一人湯の贅沢。帰路は逗子・葉山をまわる。私たちの後半生は悠々自適にはほど遠く、ハードな悲喜こもごもを共有することになった。それゆえに補完しあう。

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2006年8月30日 (水)

友情の衰退と新生

「ある時期ある条件のもとで」なりたっていた「友情」がある。朝に会い昼に会い夜も雑魚寝する。兄弟以上である。長く会わなくても遠く離れていても友情はずっと続いていると思っていた。やっと気づいた。とうの昔に「親友」は冷めていた。時期も条件もなくなったいまその上の友情の衰退に目が覚めないのがアホである。感情移入しやすい私の勝手な思い込み。友情は甘美なる幻想である。060108c

この国のかたちについてテーマ別の報告と意見交換をする。私の生命力のエンジン、持続する志(大江健三郎)。各地で生活感のある友情が次々に新生する。心身が健康なら、うじうじしたりしょんぼりうなだれているのがキライである。卒業以来の電話をもらった。彼がいじめられていたのを私がかばった、のだという。いじめ云々はまるで記憶にない。会いたいという奇特な友はありがたい。

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2006年8月29日 (火)

多忙とメール

ランチしながらのメール雑談。個人差がでるのは緊急度の低い連絡メールへの対応である。「出張していてメールが見れませんでした」はまだあるが、「忙しくてメールが見れませんでした」はなくなった。秘書氏から会議出欠のメールがある。秘書依存は自宅の良妻依存と似ている。民間は重要で緊急だからメールをし役所は重要ならアポをとって会いにくるだろうと静観。この差はリアクションの差になる。□務省の□□さんは日本有数の多忙な一人である。濃いメールはたいがい深夜0時~2時の間に集中した。

多忙とメール頻度は関係ないようだ。暇でも発信しない人、超多忙でもよくメールする人。メールが仕事のリズムを作る。メール感度の差である。ランチ雑談は続く。「パソコンを開いて、どう書くかを考えこむタイプはまめな発信はむずかしいんじゃないですか」作文力ではなく気づかいしすぎて悩むケース。あれこれの思慮がキータッチを鈍らせる。音信不通やそっけない数行に相手の息遣いを感じとるのもメール感度である。とはいえ廊下で会釈されたら笑みをかえす軽いノリで返信するにこしたことはない。

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2006年8月28日 (月)

あこがれの尾瀬

関東に来て10年、あこがれつつ果たせなかった尾瀬に近々(ついに)行く予定である。まだバスを予約したところだがわくわくする。朝食弁当付き7600円を振込んだ。福島、新潟、群馬の3県にまたがる天然保護区域で、山あり湿原あり沼あり。初歩的な知識もないのでパンフをめくりながらあれこれ想像する楽しみがある。平素の行いよく天候がいいことを祈るばかり。 Photo1

池袋を23時に乗って早朝4時に尾瀬の入口でマイクロバスに乗り換え(大型バスが入れない)5:30着の鳩待峠が基点。観光バスの座席だが隣席のいびき?これはお互いさま。懸念するのは睡眠時間である。帰りの車内はバタンキュウだろう。池袋19:30頃着予定。写真もいっぱい撮れそうだ。東京からは群馬県経由で入る。一人でも行けるので気楽。さて期待どおりいくかな。

写真は夜行バスのHPから転載した。

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2006年8月25日 (金)

多読家の悪文

徒歩3分の図書館で読み物を渉猟。いくつかの新聞、月刊誌、週刊誌など。書棚の本たちが微笑む。「私を読んで下さい」「私を先に・・・」館内滞在おおむね1時間以内の気ままパラパラ読みである。某ベテラン俳優が新聞に080805aエッセイを書いていた。読書家で有名な知性派で洋書を原文で読むほどの語学力。日欧比較の短文であるが、どうにも気になる箇所がある。「僕」が7回も登場し、「素晴らしく・・・」「もの凄く・・・」「感動は鮮烈・・・」「感動に驚きと喜び・・・「深い感動・・・」とためいき感嘆詞が続く。内容はそれなりのメッセージであるが。

失礼ながら無神経な文章であり作文教室の悪文教材になる。「僕」は全部カットしても意味は通じる。「感動」した事物を具体的に書かないと作者の独りよがりになる。「感動」も全部削除した方がすっきりする。私のブログも誤字脱字、稚拙な日本語もあるので偉そうなことはいえない。多くの目にふれる全国紙だけに推敲をしてほしいものである。多読とやらは自分の文章にはまるで生きないようだ。よしもとばななさんや角田光代(直木賞)さんは料理好きだが手仕事の実感が描写に役立つのではないか。

8月26日(土)、27日(日)の更新を休みます。

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2006年8月24日 (木)

だれか私を招待して・・・

SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)というコミュニティがブームだそうである。不特定多数に公開の掲示板と違って登録者しか入れない。登録は一見さんお断り、紹介者が必要。掲示板が無法地帯になりがちなのに比べてプライバシーも守られ大人の情報交換、人脈づくりができるとすれば魅力的である。公開性と排他性の微妙なバランス。自然なスクリーニング(選別)である。アクセス制御をかけたブログも別途運営しているがその発展系とも考えられる。

既に入っているいくつかのメーリングリスト、ブログ読者(未知)との交流にプラスしてより広く同好の士、価値観の合う人々と交流できれば幸いである。組織の中か外かの区別はむかしほどではない。SNSは本や新聞記事であれこれ調べているが「やってみないとホントのところはわからない」。最大手のミクシー(mixi、500万人)も入口で止められる。既に中に入っている人がいたら私を招待して下さい。何とか手がかりを得たく旧知(先端人)の複数にもメールした。

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2006年8月23日 (水)

ご挨拶の重複

写真はカナダ・トロントに住む友人が送ってくれたcottage夕日の写真。はるかなる鹿児島、いつも傍にいる多くのメール仲間。北の果て、日本女性、堂々と生きて下さい。060815sonoe2

10日間の夏休みはジム通いで水につかっていた。(日)は午前2時間泳いでから午後の「初級古文書講座」(5回シリーズ第1回)に出席。この組み合わせはよい気分転換である。30人以上、席を追加するほどの盛況。司会が趣旨を説明し、組織長と施設長がご挨拶をした。冒頭から眠気がさした。睡眠中にもう一人何かしゃべった?15分ぐらい過ぎてからやっと講師が登場し目が覚めた。一番大事な講師の略歴紹介が抜けおちた。年配の女性講師は郷土史(宿場町)と古文書に造詣が深くわくわくする刺激を受けた。

二人の「長」エライさんはなんのために出てきて屋上屋を重ねるような「ご挨拶」をしたのか。組織や施設が役所のリストラの対象?補助金の無駄づかい?自己保身PR?あれこれ邪推したくなる。この場合、司会が簡潔に講座の趣旨と講師紹介をすれば前座は5分で終わる。内向きのおおまじめ、外からみれば失笑もの。嫌気がさすのは会社員時代に同じような儀式をしていなかったかという自己反省である。ある時は司会また上司の原稿準備、自らご挨拶など。そうした組織は制度疲労により新陳代謝するしかなかった。

備忘録:8月19日(土)午後は郊外のほのぼの家族と歓談、20日(日)夜は次男夫婦とホームカラオケ。

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2006年8月22日 (火)

デジカメの動画

デジカメは普通に持ち歩いているし写真だけでなく動画機能も使ってみたい人は多いと思う。しかしデジカメで撮りましたという動く映像をメール添付で見たことがない。10秒でもファイルサイズが大きすぎてメールに適さない。静止画のように圧縮が簡単でない。試みに自家のテレビの洋画(エル・シドの決闘シーン)の23秒をブログにアップした。これだけで11MBある。編集(不要部分のカット)ができない、ユーザーのPC環境によっては再生できないかもしれないのは.movというもとはアップル社のファイル形式にある。写真は.jpgで標準化されているのに比べ動画の世界はバラバラである。

060818dezikame 「060818dezikame23m11mb.MOV」をダウンロード

これまでも「わかりやすく」をモットーに動画のホームページアップの仕方を書いてきた。ビデオカメラからの取り込みならある程度できた。ファイル形式のネックがあるデジカメ動画の場合、わかりやすく書こうとすると文字数が多くなる。専門語も入ってしまう。当方の思いとは反比例して長々とした説明が読むほうには難しい、となる。簡単に短く書くと初心者にはわかりにくい。そこで自分でやってみるかしかない、その過程のデッドロックを個別にサポートするが私の結論である。インターネットで「デジカメ 動画 ホームページアップ」で検索するとアレコレの体験談にはことかかない。よくわかった作者の比較的わかりやすいかな?と思う説明文

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2006年8月21日 (月)

ほめられ強い

写真は三浦海岸に住む友人が送ってくれた磯庭園の朝顔。

シニアは年輪だけの味がある、と感Yasunaga060815じることのひとつにほめられ強い、がある。意味は、ほめられ持ち上げられても平常心を失わないこと。若い時期は上昇指向、功名心が盛んである。自他ともに認めるほどに実力がつき、社会的評価も聞こえてくる。おれもまんざらではない。美貌と知性に親しい関係になりたい男たちがまとわりつく。ほめられると舞い上がる。調子にのって舞台でミエをきる。おごれる者は久しからず、花の色は移りにけりな。

50代からまず身体面の老化につきあたる。万雷の拍手を受けたが席をけって退場したいような侮辱にも耐えた。公私に挫折も経験した。おべんちゃらの裏側も見た。上には上がある。自ら知る座標軸の中の固定位置。だてに歳をとっていない。若者や壮年にわかりにくい年の功。「えっ、それほめてくれてんの?ありがとう・・・」卑下もせずのぼせもせず、マイペース。静かに笑ってのせられない。IT時代にほめられ強いシニアたちの不動心がいぶし銀の輝きを放つだろう。

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2006年8月18日 (金)

靖国神社よ永遠に

8月15日の小泉さんの靖国参拝をめぐってテレビは大さわぎだったらしい。頑固一徹(結果的に賞賛)、評論家の賛否両論など。唯一のネタをもとに各チャンネルが似たりよったりの味付けで視聴率を競うのだからうんざりするはずだ。このところふるさとが出る高校野球か教育番組の録画しか観ないのでテレビ公害にあわなかった。私の14日記事「歴史認識のバランス」は少し角度をかえたつもりである。この問題では長年議論しているし、靖国を擁護する産経新聞や戦犯を独自に検証する読売の特集も詳細に読んだ。

中国の捕虜や農民を虫けらのように殺害した元日本兵士たち。今も家族にも話せず悶々と苦しむ。天皇の名において命令した指導部、加害者にさせられた大多数の庶民。死んだらみんな仏、ですむはずがない。国策で建設された靖国神社は他の神社とは異なる。北朝鮮以上のマインドコントロールの拠点。藤原ていや宮尾登美子の満州逃避行をもとにした小説、制度的自爆、知覧特攻隊の遺書に感動は自由であるが、紙切れ1枚も残せなかった戦没者がほとんど。過去を忘れないために靖国神社は永久保存物である。

8月19日(土)、20日(日)の更新を休みます。

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2006年8月17日 (木)

動画Web

消失した2005年11月28日 (月)記事の続編。写真のメール添付やホームページアップは一般化した。デジカメの高性能化とカメラマンの急増によってびっくりするような見事な写真が送られてくる。身のまわりの美は発見されるためにあり、美はあまねく共有されるためにある。静止画ではプロとアマの区別がつきにくくなった。本能に従って次は動画(映像+音声)配信である。 私は比較的早くから動画にチャレンジしているがこれがなかなか難物である。動画(賀茂川の流れ)をはじめてHPに載せたのは2002年11月5日。Web映像クリエイターには専門的な技術がある。そしてプロの世界ではストリーミング配信が主流になった。ユーザーにダウンロードするPC負担をかけない。鮮明な長い映像でもクリックするとすぐ再生がはじまる。専用のサーバーと+費用がかかる。業務サイトを含めて私はまだ実現していない。2003wpc10a_1

「2003wpc20.wmv」をダウンロード

編集ソフトはWindowsXP付属の「ムービーメーカー」である。クリックするとMedia Player(Windows標準)が立ち上がる。ファイル容量の圧縮と不要映像のトリミング(削除)がポイント。横幅320×縦240ピクセル。20秒(1341KB)をアップした。 映像はビデオカメラに残っていた2003年?パソコン展示会の某社デモンストレーション。通信のひかり化などITインフラは整備された。すべてのPC操作と同じく動画配信も「できてしまえばなんでもない簡単なこと」。私も1箇月やらないとすぐ「これどうするんだっけ?」と初歩を忘れる。回数をこなすことだけが成長の母。そこで時々の備忘録を作成し読みかえすが進歩がない(下記PDF)。これさえも「さっぱりわからんむずかしい技術の話?」。しかし動画レポートが家族、地域、ビジネス、OB同窓会などのコミュニケーションに与える影響は大きい。 より現場体験に近いからである。

「dougahensyu.pdf」をダウンロード

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2006年8月16日 (水)

アナログを守る

夜ケータイが振動して中学同窓生の名前が表示される。以下は鹿児島弁を標準語訳。「いまどこにいると思う?代わるよ」「あたし、わかる?」・・・相手が名乗る直前に「□□さん?」ピンポーン、声で気づいてよかった。帰省組を含めて5、6人集まっている。鹿児島の世話役が出る。「イサム、わいやナンごて、でんわをせんとっ(君は帰っていてなぜ電話をしないんだ!)」・・・ばれている。テンガラモンやワイコッボ(悪童、いたずらっ子の意味)、みんな悩んで大きくなった。戦争の影がある。ブラジル移民、父親の戦死、集団就職、いじめ、などの原風景。

あの頃13~15歳、コースに分かれる前の純粋にウマがあう仲間ではなかろうか。幸い?メーリングリストもない。10月は関東在住で集まるがその設営は私のでしゃばり幹事である。何度電話しても出ないと、病気入院?、夫婦仲がわるくなった?毎度の往復はがきは手間だが、あれこれ気をもむのもいいものだ。同級生の逝去には香典集めを、恩師の米寿祝いでは人数確保を、世話役が電話でやってくれたと聞く。労をいとわずアナログを守る。私は多くの迷惑をかけた罪ある身。ひとつぐらいは人の世話をしてから死にたい。老いの感傷である。

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2006年8月15日 (火)

歴史認識のバランス

安倍晋三氏の「美しい国へ」(文芸春秋社)。安倍氏の感性と思想がコンパクトにまとまっていて一気に読ませる。A級戦犯容疑者とされた祖父岸信介元首相への尊崇が幼児体験である。アメリカ留学経験がアメリカの世界戦略への肯定とつながる。立場が決まっているからあとは都合のいい補強情報をおりまぜながらどう理屈をつけるかである。日本を美しい国にするのに異論はない。しかし汚い過去、国民とアジア諸国に史上最大の惨禍をもたらした昭和20年以前をこうも無反省に省略されると、ちょっ待てよといいたくなる。スタッフや出版社との協同であるなら?あとがきで協力者に御礼すべきではないか。

060616c 小泉首相は靖国参拝を「戦争の尊い犠牲者に感謝の誠をささげる」と真顔で釈明する。靖国のHPや隣接の遊就館を見学したらすぐわかるが、靖国神社は武勲者の顕彰(ほめたたえる)施設であって哀悼はない。顕彰だから侵略暴虐もすべて正義自衛戦争になる。しかも天皇側、神社側からの選別で一貫している。賊軍西郷隆盛やアジア各国の被害者、原爆、空襲での犠牲者はパーフェクトに無視する(顕彰の反対だから)。親たちから聴いた戦争の悲惨、京都の国際平和ミュージアムを知る庶民からは違和感がある。 中国から批判されるからでなくA級戦犯分祀の次元でもない。歴史に謙虚に真に美しい国を展望する国内問題である。

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2006年8月14日 (月)

ブログ消失の事情

気分転換にブログのデザインを変更した。ココログのテンプレート(既成デザイン集)がある。凝った背景では文章と写真が埋もれる。ベージュの水彩タッチがほしいがぴったりなのがない。クレヨン調で妥協した。5月31日の旧ブログ消失の事情はこうである。公私で3つのブログ、2つのホームページを運営しておりこんがらかってきた。複数のID、パスワードも管理しきれない。整理しようとした。カミさんから借りていた@niftyの会員IDを解約した。その上のHP(賀茂川の風にさそわれて)は予め別なサーバー(右サイド上)に引越した。同じIDの上に旧ブログが乗っているのを忘れていた。まさにケアレスミス。

期限ぎれで、あ?あ!あーっ、と全焼した。そこに次男から朗報。google cache (グーグル検索で自動保存)でテキスト(文)は保存していたとのこと。助かった。写真の大半はあきらめざるをえないが、エッセイはいつか復活したい。動画編集の体験記は素人ノウハウである。いまは根気がない。「賀茂川の風にさそわれて」をまだ読んで下さる方があるとはありがたい。背景色が表示されないページやHOMEのリンク切れが多々。修理が必要だが文章はその時々の実感なのでそのまま。「備忘録」の最終行「・・・禍福はあざなえるなわのごとし。・・・薩摩人の不撓の血は・・・」は、あれから8年、現実の格闘になった。

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2006年8月11日 (金)

趣味倒産

区の広報誌で見つけて申し込んでおいた「初級古文書講座」の受講決定通知が来た。(日)の午後5回シリーズ。ぼーっと感興のわかないテレビでもみて情報受身で時間つぶしをするより外に出かけたほうがいい。教材費600円ぽっきり、講師はボランティアと思われる。教える喜び。漢字をくずして同じ音の変体仮名が生まれ明治以降ひとつにしぼったのがいまの仮名。利、里、理、梨→りの例。ヒット曲「小樽のひとよ」に・・・古代の文~字よ♪・・・という歌詞がある。地元であれ北海道であれ先祖の暮らしを自らの目で解読するのはロマンがある。

060803a 料理、FP(ファイナンシャルプランナー)、継続受講だけでもあれこれ手を出しているなあと思う。掘り下げてモノになってもいいしならなくてもいい。黙々とただ、知るを楽しむ。20年ぶりに旧職場の同僚と池袋で歓談。よくぞ電話してくれました。「ゴルフをしょう」とさそわれる。趣味倒産しますので当面自分の世界にこもらせて下さい。ワーク&ライフ・自己実現のエキスがこのブログである。

写真は妹夫婦の新居で。母から娘に父から息子に受け継がれるもの。8月10日長男が帰宅した。8月12日(土)、13日(日)の更新を休みます。

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2006年8月10日 (木)

声の強さ

政権中枢にいた人の講演72分の音声を編集した。編集といってもホームページサーバーの容量やアクセス者のダウンロード時間を考慮して短くカットすることである。仕事の合間に聴くとすれば10分ぐらいが適当。2度とおして聴いて最後のまとめと質疑応答部分の12分を取り出した。そこにとくべつ声の強さを感じたからである。パワーポイントによるプレゼン、資料を配布しての説明、手元資料、多くの情報を正確に伝達するためにやむをえない。ただ道具立てのものものしさによって肝心のスピーカーの声が淡々と事務的で迫力に欠けやすい。よく整理されたプレゼンのなんと後に残るものの少ないことか。信念や熱い思いはほとばしり出るものではなかろうか。目をみすえこぶしをにぎり時間をわすれ声もあらくなる。聴衆も引き込まれる。さて、私の信念と熱い思いはなんだろう、と考えた。

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2006年8月 9日 (水)

商品の扱い

製造部門が長かった。新製品の発表をする。商品の梱包を開いてビニールカバーを取りのぞく。設置してPOPを飾りつける。電源を入れて動作を確かめる。この一連の作業で他人の商品の扱いを粗雑に感じることがあった。物づくり側への思い入れ。期待の商品であるほど箱から出すときは赤ん坊でも抱き上げる気持ちになる。

080806b 大通りに近い小型の本屋で文庫本を選んでいた。表紙がざらざらする。他の本もそうだった。ほこり(道路の砂?)がついているらしかった。2冊レジに持っていく。店員が私語をしている。「本にほこりがついてますよ」と言いかけてやめた。開店前に清掃(はたきかけ)、接客などのミーティングをやらないのか。店長の問題である。

写真は桜島を望む福山の酢工場。

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2006年8月 8日 (火)

この程度

URL(ホームページアドレス)が開けませんが?というメールをいただいた方が数名あった。どうでもいいなら消えたなりにご縁がなくなるところ。引越し先を訪ねてくださるありがたい読者である。ほぼ毎日の短文は天下に自分の恥をさらすことでもある。文は人なり、人間性まるだし。三島由紀夫は格調や気品ある文章を書くには古典を読めという。およそ「・・・の方法」の類を読んで上達したためしがない。いまさら無理である。

金融、経済、政治など関心はあるが学者のように緻密な論理構成ができるはずがない。ただ本質に迫る直感はずれていないと思う。デジタル奮戦記は素人なりにある程度のレベルかなと自己満足。これ以上にもこれ以下にも書けず、この程度。到達点にさびしくもあるが卑下しすぎることもない。ごつごつした実感あふれるメールに新鮮さと温かみを感じる。荒削りの木肌が男の魅力。うまさねらいの作文は勉強しない方がいい。

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2006年8月 7日 (月)

ふるさとの叱責

墓石を見ると父の兄弟の戦死者が2人、フィリピン・・・方面にて、と刻んである。もう一人の弟夫婦は戦後の混乱の中で病死、20代である。幼子2人を残して無念だったろう。墓碑銘をなでたい気持ちである。維新ふるさと館で西郷さんの妻イトさんの弟の妻、つまり西郷さんの義妹だった岩山トクさんの音声が聴ける。西郷さんの思い出を古きよき鹿児080806a島弁で語る。復古派が明治の偉人輩出を強調しすぎると、じゃ今の鹿児島はどうなの? となる。歴史認識にはバランスが必要。地方出版社が元気である。地元の本を読んだ。鹿児島弁と奄美群島弁は言語体系が違う。奄美の方言をインターネットで検索すると私にはさっぱりわからない。鹿児島文化の特徴は多様性である。島尾敏雄氏は「奄美群島がなかったら日本の生活と文化は干からびた画一的なものになる」と書いているという。薩摩出身者はふるさとの全体をしっかり勉強しろ、と叱責された帰省であった。写真は空港の足湯。

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2006年8月 4日 (金)

ふるさとの抱擁

ブログにスケジュールを書くことは自宅の留守を広報するようなもの。セキュリティにかかわる。そこで6月の欧州旅行では最小限の居場所表現にしたが、国内ならあまり気にすることもなかろう。3日(木)から正月以来のふるさとにいる。実家は鹿児島空港から近い。仕事を休んだ末弟の車でまずは父母の墓参。ダッチロール状態のわが家ですがなんとかやっています、その報告。妹夫婦の新築(実家あと)に兄弟が揃う。予定は恩師訪問、ミニクラス会など。気のあう仲間と花の天文館で夜毎のどんちゃん騒ぎ・・・いえいえ、お互いの060107b 老いをみつめこし方をしのびゆく末に思いをはせしみじみと語りあいたい、と存じます。メーリングリストで飛びかう美しい鹿児島弁の考察。薩摩のおなごんし(女衆)の特質は控えめで芯がつよく丁寧、こんなイメージである。さて、おとこんし(男衆)の伝統精神はなんだろうか。西南の役に西郷さんが破れてから独立自尊はくずれ地方であることに引けめを持つようになったという説。そうではないのではないか、が私の問題意識である。「鹿児島近代社会運動史」には昭和まで続く草の根の抵抗運動が記録されている。義に殉じる荒削りの木肌のような薩摩の男たちよ。

夏に冠雪の桜島?まさか、1月に撮ったものです。8月5日(土)、6日(日)の更新を休みます。

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2006年8月 3日 (木)

IT知識バランス

会議のプレゼンに挿入したグラフ(左クリックで拡大)である。8角形はサンプル。パソコンやITの知識は熱帯ジャングルみたいなもので、誰も全貌を見たものはいない。「おれパソコンが得意だよ」と披露する人の知識は部分的な自己満足が多い。「パソコンはむずかしい」と嘆いている人を見るとかなりわかっているなあと敬意をはらう。私の自慢?はトラブル遭遇の多さである。PCハードウェアに特別関心の強い方々とおつき合いがあった。CPUのトレンドや通信のスピードを熱っぽく語る。ちょっとついていけないが勉強になった。PC自作中高年はその延長である。 Graph3_1

新規のソフト探しに興味のある人もある。その部分だけがとがって他との関連が弱い。「機械は苦手」でも文章を書く(コンテンツ作成)のに抵抗がなければメールやブログを楽しめる。写真が好きなら画像の簡単な編集や保存ができる。ホームページ(とりあえずはブログでもいい)をはじめることは雑多な知識のバランスをとり偏りを修正する。記事のために読書し社会と交わり感性を磨く。好きな一角から入りもっと自分をゆたかに表現したい、その本能に従って写真や音声動画や周辺機器など他の要素も勉強したくなる。誰で知識が増えることは楽しく健全である。

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2006年8月 2日 (水)

74000人の死者

初めて甲子園に行ったときの印象は水をうったグランドの土がカクテル光線にうかんで異様にきれいで阪神選手のユニフォームが白かったことである。映像と現場体験とは違った。ワールドカップの熱気もテレビでは伝わらない。イラクやレバノンの爆風や砂ぼこりも飛んでこない。爆弾テロで死者50人といったニュースの時間に日本人はエアコンのきいたお茶の間で冷えたビールを飲んでいる。観客席でナマナマしい舞台を観劇する。「観劇」は言いすぎだが宗教家すら哀悼の意を表して合掌しながら観ているとは思えない。

74000人の死者は長崎原爆の犠牲者である。母から体中にガラスの刺さった死体の話をなんども聞いた。イラクとはけた外れの人類史上最大規模の無差別爆撃。その前の広島はさらに大量殺戮である。のど元過ぎれば熱さ忘れる。忘却とは忘れ去ることなり。戦後世代の目線で不戦非軍備の誓い・憲法九条を考えてみたい。学生時代から一貫してこのテーマを追求している長崎出身の友人がいる。身内4人が原爆死。□君、学内集会で一緒に歌った、原爆を許すまじ。組んだ腕のぬくもりは40年たってまだ残っているよ。

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2006年8月 1日 (火)

酒飲みのこだわり

梅雨はあけたが東京はいくぶん涼しい。昼は仕事、夕方は歎異抄を読み、7時から夜学、9時半に解放、駅前は赤い灯青い灯。こうなればちょっとカウンターで焼きとり一人酒の誘惑にかてない。たまにはいいP1010500_1さと歩きまわる。写真は千里山だよりから借用した。ひと目でお気に入りの写真である。あと皮の塩焼きを3本足してもらえば私のフルコース。

気持ちよく酔える酒は銘柄や量や 肴ではない、その時の気分がすべて。おつき合いで 飲む酒がおっくうである。特にわけもなくおごられる酒席は敬遠したい。ビジネスをからめた社用族にはまっていたので「飲みにけーしょん」の虚構にうんざり。盛り上がっても人間関係は深まらない。割り勘でいける(+歌える)範囲で十分である。とうとう自宅カラオケセットを購入してしまった。ルビーの指輪

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