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2006年10月31日 (火)

きつねの美学

虎の威を借るきつね、は有力者の権勢をかさに着ていばるもの、の意味。組織の有力な上位者はメンバーの配置や囲い込み、排除の権限をもつ。下位者は上位者を自由にできない。そこで生き残りの知恵として上位者と「いい関係」を作るのに腐心する。上位者に実力と人格がかね061029c 備わっている場合には敬服は自然な感情である。指示を忠実に実行し成果もあがるのだから「ご機嫌うかがい」も見苦しくない。きつねの心根(右顧左眄)をさげすんだりするのは全体観がない。腕力の弱いきつねは家族を養うためには格好なんかどうでもいい。弱者のおべんちゃらの美学、きつねの愛想笑はしたたかで虎以上である。虎はいつまでも虎ではない、張子の虎のいる。時と場合に虎を持ち上げ威を借るのも必要だろう。国レベルの話にして、日本とアメリカ、アジア諸国と日本の関係はどうか。

写真は10月29日(日)白山スーパー林道にて。

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2006年10月30日 (月)

テレビとパソコンの間

CEATEC JAPAN(10月3日~7日、幕張メッセ)とWPC TOKYO2006(10月18日~21日)を見学した。テレビにつよいメーカーは「家庭の情報の窓」はテレビだとプレゼンテーション。年上の同僚に聞くと「それはそうですよ」とうなづく。仕事でパソコ061021c_1ンにかなり親しんでいるにかかわらず、である。パソコンの操作のむずかしさ、通信や印刷のトラブルの多さ、家庭でサポート役もいないとお手上げ、パソコン嫌いが根強いのもやむをえない。デジタルテレビのリモコンは結構複雑になっているが高齢者でも「テレビの見かたがわからない」はない。発展途上国でも格差はないし操作の研修も不要。

しかし日本のようなITインフラが整備された国で今後もテレビが情報の主役と宣伝されるとメーカーの意図、思惑を感じる。私は10年も前からこの点が疑問である。テレビの双方向性、コミュニケーション機能はおもちゃみたいなもの。パソコンの本格的なインテリジェンスとは桁違い、構造違いである。2メートル以上も離れたテレビの大画面でインターネットやメールをするだろうか。空間共有の家族の団欒から個人のゆるやかな常時接続に時代は変わってゆく。情報の受身は発信者に自立する。パソコンの様々な課題に対策が必要としても今後も主役はテレビは誤った宣伝である。

備忘録:10月28日(土)金沢泊、居酒屋で次男夫婦と夕食、翌朝兼六園、近江町市場。

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2006年10月27日 (金)

人を好きになる

自分よりひとまわりも上の人と話していて何気ない会話の中に感心してしまうひと言がある。その人がどこかで読んだり聞いたりした話ではない。インパクトがあるのは実生活での体験談である。知人の奥様の話「・・・人を好きになるっていうことはいいことですよ・・・」末の息子さんが中国人女性と結婚された。娘さんの父親は人民解放軍だったとか。この娘さんが親の病気のときなどあれこれと気にかけて電話をくれるのだそうだ。自分たちの生活費も十分でないのに治療代などを心配して、しかもたどたどしい日本語で。中国人がいまの日本人より家族思いなのはなんとなくわかる。いや人種一般でみるのはよくないだろう。

日本人にも韓国人にもアメリカ人にも情にあつい人もいればそれなりの人もいる。好きになってしまえばなに人でも関係ない。結婚相手の理想として、身長・学歴・収入や良家など外的条件をいろいろ思いえがいていたかもしれない。男として女として、好きになってしまえばそんなものはどこかにとんでしまう。まして相思相愛ならのぼる朝日もしずむ夕陽も二人の世界。若い日の好きになったエネルギーがあるからこそその後の夫婦や親子の危機を利害得失を超越して乗りこえられる。人を好きになりたくてもその境遇になかったりその機会がなくて歳をとってしまった人も多い。好きな人ができるのは普通のことではない。

10月28日(土)、29日(日)の更新を休みます。

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2006年10月26日 (木)

遠藤展子さん

遠藤展(のぶ)子さん、旧姓小菅展子、小菅留治氏のひとり娘・・・これでピンとくる人はかなりの文芸通である。小菅留治は作家藤沢周平の本名。「藤沢周平 父の周辺」(文芸春秋刊)を読んだ。カウンターでぬる燗のうまい酒を飲む味わいである。「普通が一番」が父親の口癖で、小説家になりたいと060930nいう娘に「お前のようなのほほんと生きてきたものには小説は書けない」と諭す。娘にはのほほんとした平穏無事を願う。藤沢周平は26歳から4年間結核で療養した。婚約者がいたが相手の親の反対で破談になり復帰後結婚した妻は展子さんを生んで28歳でガン死。小菅家は再婚の優しい母を含めた3人家族である。幼い娘は他家のように親子でプールに行きたいと思う。

母は自分のスタイルを気にした風で嫌がるが、娘は父の結核の手術痕のせいだと察して以後口にしなくなる。結核の治療には早く治って費用も安い手術と費用がかかり期間も長い薬治療があるが藤沢は迷わず手術を選んだ。結果的にその輸血で感染した肝炎で寿命を縮める。藤沢の尊敬したのは農民や職人などひとつの仕事に打ち込んできた人である。思うようにならない人生だがその境遇をうけとめてせいいっぱい生きることを自ら実行した。哲学書、精神訓話や師匠、信仰にも寄りかからなかった。鶴岡の教え子や同窓生と会うとまろやかな庄内弁まるだし、著名作家になったおごりなど微塵もない。文章の気品と抑制、余韻の美は実像、人柄そのものである。

備忘録:10月25日(水)日本ハムが3連勝で王手、を観たあと夜10時半からプールへ。自転車で10分、隣接するスーパーsantokuでカミさん所望のいちじくパンを購入。このところ雨天続きで行けなくていらいらしていた。1コースひとりでゆったり20分。夜半過ぎてブログ更新。

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2006年10月25日 (水)

手づくり定期ニュース

新潟の□□さんから尾瀬沼東岸の写真を送っていただいたので事後了解で転載する。1日違いで群馬側から入った私と同じ場所に立った。左クリックで拡大。

毎週(金)に私がメンバー(1200人)向けに発信しているWebニュースは初めは更新情報、アクセス数のアップという程度だった。それがこつこつ続けているうちに業務連絡としても頼りにされそれなりに読まれているのMatuzaki061001aはうれしい誤算である。読者の半数は中央省庁役人とOB、半数は企業幹部とOB。メールやITが電 話やファックスにとってかわったこの10年、局長以上や部門長であった人たちは「他にやることが多く」秘書がメールの受発信を代行した。やや遅れて自力で覚える努力をするしかない。いまの役所課長は公私に必須の連絡手段はメールである。この国の指導層の皆さんのIT事情の変化をリアルに知る。私の定期便は組織名発なので反応は口コミでわかることが多い。さざなみぐらいはたてているだろうか(実はMatuzaki061001bそれ以上のことを展望している)。アクセスは生ログ解析でわかる。オフィ シャル便でも読まれるかどうかは本人の手づくりかどうかである。デザインや写真、絵文字、文章が洗練されるほどプロの手が入っている(まる投げ)疑念をいだかせ建前や宣伝色は敬遠される。首相官邸メルマガや大半の政治家サイトにその傾向がある。無機質なデジタル通信、簡潔なれどなんとなく発信者の顔が見えこわごわした和紙のぬくもりがある、がめざすところ。

備忘録:10月19日(木)皮膚科、耳鼻咽喉科。10月22日(日)防水黒カジュアル靴(イズミヤ)、5145円。

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2006年10月24日 (火)

せせら笑われたこと

せせら笑い、は相手をバカにした嘲笑、見下した冷笑である。私は過去少なくとも4回はせせら笑われたことがある。ずいぶん昔のことでも笑った人物、その場面をありありと思いだすことができる。再就職を考えざるを得ない事情があったのでそのことを口にしたらある不動産屋(中年女性)は「くすっ」と笑った。無理ですよ、と顔で言っていた。2度と会いたくなかった。飲み屋で偶然でくわした会社の年下に「ふん」とあしらわれた。

いまでもあの態度は不明だがなにか私に悪い感じをもっていておさえていたものが出たのだろう。愛妻が皮肉っぽく小ばかにされたこともある。あれも忘れない。仕事でははげしいやりとりもあったが相手にも一理がありなつかしい。「くすっ」「ふん」には不快でもその場で反論しにくい。加害者は無意識で忘却のかなた、被害者は心の石に刻む。歴史認識に似ている。私は政治家の言動をこきおろしても人格や家族とは別にする。

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2006年10月23日 (月)

PC展示会と古文書講座の間

10月21日(土)は大型パソコン展示会WPC TOKYO 2006(東京ビッグサイト)の最終日に行った。PCメーカーはNEC、東芝のみ、期待のPanasonicをはじめソニー、富士通、シャープも出展せず。次期OSであるVistaの発売を来年1月に控えたマイクロソフトのブースだけがやけに大きい。画面をさわって説明員に聞いてVistaとOffice2007(ワード、エクセルの新製品)の感じはつ061021aかめた。真鍋かをりさんのトークショウ「ヒットブログの作り方」はロープでかこむほどの人だかり。ブログやSNSを自分でやっている人に挙手させたらパラパラ。えっ、真鍋さんの顔を見に集まった人が多い?紅白にも出たBlogアイドルは「個人が特定されるような書き方をしない。他人に不快を与えないように表現に気をつけること。」と話した。

10月22日(日)は古文書講座(区の教育会館)の3回目。書道では変体仮名を習うし講師の懇切な解説で地元の江戸時代に惹きこまれる。「武州豊島郡(ごおり)蓮沼村」が私の住所である。昔の人が流麗で簡潔な毛筆文を残しているのにおどろく。2時間があっという間にすぎて次回は野外実習である。帰りぎわ女性講師に近づいて「すばらしいです。造詣がすごいです。」と御礼を言ったら一瞬びっくり顔をしてすぐほほ笑まれた。パソコン展示会はおおむね40歳以下がほとんど、古文書講座は60歳以上が中心で若者はだれもいない。どちらも年齢制限はしていないのになぜか。新しい知識を得るワクワク感は共通にあるしIT新潮流も虫食いの古文書も夢とロマンがある。私は両方に区分けがない。

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2006年10月20日 (金)

美しい昔♪

天童よしみが歌う「美しい昔」にしびれた。素人にはむずかしい歌唱力のすぐれた歌手でないと歌いこなせない曲である。美空ひばり、大月みやこ、都はるみ、にはこれぞプロという歌がある。哀切の二胡の伴奏「美しい昔」もそのひとつだと思う。正確なところは確認できないが作詞作曲はベトナム人のKa047_01ようだ。ベトナムは中国、フランス、アメリカの支配を受け たが民族結束して戦い独立を勝ちとった。この歌には愛国心がある。録画しているが著作権の関係でこのブログに公開できないのが残念である。美しい国の条件として自然や建物が美しいだけでなく人々の心が美しくなければならない。凛として瞳が輝く。いまは貧しくても将来に希望を託し親子兄弟が助け合う。ふりかえれば50年前のわが家も美しい家族である。祖父に存在感があった。経済成長の中で物があふれ得たもの失ったもの。写真はTOSHIBAホームページから借用した。

10月21日(土)、22日(日)の更新を休みます。10月18日(水)1年ぶり?に藤沢の長男と食事をした。私たちは共有する過去と痛みと希望を胸にしまったままコンピュータシステム回転寿司を賞味した。

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2006年10月19日 (木)

あやまる岬

奄美大島に職場旅行で行った時のこと。観光バスを降りて「あやまる岬」というユニークな名前の岬の方へぞろぞろ歩く。同僚が今月の売上あやまらないかんのは誰だ?、とつっこみを入れる。開放感の中でイヤな仕事の話、顔を見あわせ笑が広がる。販売会議・計画未達成の言い訳と謝罪、月末締め日を過ぎれば全員リセット。自責か他責かなど、かまびすしく詮索のなつかしいサラリーマンの情景。医師・経営者・政治家の謝罪記者会見がテレビAya01_1や新聞にあふれる。医療ミス、製品欠陥事故、談合、税金の組織ぐるみ横領。最近は学校教師も責められ る。カメラの前で立ち上がって真ん中の人物が左右に目配せ。せーので一斉に頭を下げる。リハーサル?のお陰で見事に揃っている。日本人は謝罪するのもさせるのも好きな民族。アタマを下げるぐらいならお金がかからない。土下座までした薬品メーカー経営陣もいた。高い倫理性が必要な聖職のモラルハザードをセンセーショナルに非難する。問題は被害者の半狂乱の言いたい放題まで繰り返しテレビで映す必要があるか、ということ。鵜の目鷹の目の節度のない報道に教師の自殺を心配する。被害者のお気持ちにはきちんと対応するとしてもやりすぎ報道ではないか。写真は奄美市役所HPから借用した。公的機関なので著作権も許容していただきたいという希望的観測。

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2006年10月18日 (水)

ロンシャン競馬場

10月2日(木)未明、パリの凱旋門賞、ディープインパクトの3着にがっくりした。競馬ファンではないが前夜からNHK特集を観ていて力が入った。カミさんのテレビ付PCに録画してあるのを付属のソフトでDVD-Rにダビング(ロンシャン競馬場に行ったことのある長男の誕生祝い)。パソコンでのダビングは初めて。HDDレコーダーでは必要なファイナライズ(ディスクを再生専用にする)処理がいらない。それでも他のPCで再生されるのを確認した。問題はHDDレコーダーのダビング途中、2枚目から「異常が発生しました」の表示が出て、作業中止。トレイもやっと出た。レコーダーとメディアのメーカーが違う。さてはわけのわからん「相性がわるい」かな。

デジタル録画はテレビ放映時間の束縛から解放した。好きな時間に好きな番組だけを観る、途中で止める、続きは後で、おもしろくなければ削除、快適ライフである。ところで、ブログの右サイドに6月5日(月)の再建以来のタイトルをすべて表示できるようにした。下にスクロールで確認できます。コメントの全数表示(左サイド)とともにテンプレート(ひな形)のカスタマイズ。これも束縛からの解放。上級者コースのスタイルシート(CSS)をまだ自家薬籠中の物にできていない。もともとキカイは苦手、ぼちぼち勉強です。背景カラーなしの無地は飽きがこなくてよかど(笑)。素人の文章と写真だけで世に問う。昨日の短文など何度も書きなおすこだわり。

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2006年10月17日 (火)

銀座の恋の物語(2)

卒業以来の□□君は42年間トレーラーの運転をした、と語る。日本経済の交通インフラを支えた男のいぶし銀の味がある。隣でゆっくり話したかったが今回は時間切れ。本人の口から聞く話、うすうす聞いている話、本やテレビで051008h 得られないその場の体験談。お互いが傾聴ボランティアになる。若い時期の自死病死もあるが、よくぞたくましく生きて出席してくれた。音信不通や欠席者の事情もいろいろ。それを思ってジーンとする。不運や不幸のカタチでも裏側に安堵の灯りが見える。いまも格闘中、同情は傲慢である。行事を終えて・・・みんな分別ある大人だなあ、と感嘆、これからも友達とよべる幸せ、世話役をやらせてもらう幸せ、である。この記事はあれこれ書いていたが削除省略する。タイトルはしり切れトンボ。

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2006年10月16日 (月)

銀座の恋の物語(1)

10月14日(土)日当山(ひなたやま)中学の関東在住同窓会。23名に往復ハガキを出して13名(うち女性4名)出席。都合悪ければ(気がむかなければ)返信も不要と書いておいたが、5名から法事や祭りで欠席連絡があっ060108hinatayamatyu2た。一次会は銀座の喫茶ルノアールの個室で和風弁当(1200円)+珈琲(13:00~15:00)、二次会は近くのBIGECHOでミニ宴会+カラオケ(15:10~17:10)。女性はお茶とおしゃべりが楽しいという女性幹事の意見が生きた。花の銀座まで来てシラフではさびしい?というおとこんし(オトコ衆)の希望も入れた。5時過ぎ終了は遠方組への配慮。熊本の同窓生(女性)からお菓子の差し入れが届いた。

名簿(現住所を町名まで、以下記入せず)は全員に、今回初めての出席者に卒業アルバムを拡大編集したコピーを配る。近況や健康法を順番に披露していたらあっという間に2時間たった。二次会では1時間ぐらいビール、焼酎、ポテトチップスで軽く酔った。音なしに帰るのも、と私が「男の背中」を歌った。後は次々に「年齢と経験がにじむ懐メロ」で盛りあがる。「オレ歌わないけど聴くのは楽しいよ」という声も。「銀座の恋の物語」など裕次郎シリーズが多い。参加者がミエもヒガミもほどほどに自然体をさらせること、いやし空間が設営の理想である。私の万一?も考え3名の幹事団を結成し次回は来年桜の時期に。

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2006年10月13日 (金)

北朝鮮の言い分

北朝鮮の核実験に関して「・・・北朝鮮の言い分も理解できる」などと発言しようものならフクロ叩き、非国民、日本から出て行け、という雰囲気である。一色の懸念。朝鮮外務省声明「我々の核は防衛的なもので先制攻撃はしない。核保有は平和に寄与する。」これは米・ロなど現保有国と同じ理屈である。その言い訳をまねている。唯一の被爆国でありながら日本政府は核兵器廃絶運動に不熱心。究極的には廃絶だが国際政治の現実論から核の抑止効果がある、日米同盟で核の傘に守られている、が国会答弁ではなかったか。北朝鮮の最大の問題は世論がないこと、言論封殺で権力者にけん制が効かない。

まるで戦中の日本と同じ。今後テロ集団が核兵器をもつ可能性を考えるとソラ恐ろしくなる。大国が既に持っている核兵器はいい(平和のための)核で独裁国がこれから持つ核は悪い核、断じて許さない、という主張が国際世論を動かせるだろうか。北朝鮮は経済制裁もおり込み済み。中国の北朝鮮への影響力とやらも期待うす。日本外交の一貫性、真に核に頼らない非核三原則、武力以外のあらゆる手段を使った北朝鮮の民主化促進が必要。偉大なる朝鮮民族の南北分断の悲劇は植民地支配した日本にも責任がある。ネットで今年の広島、長崎の平和宣言を読みここに原点と理想と現実論があると思った。

10月14日(土)、15日(日)の更新を休みます。

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2006年10月12日 (木)

琵琶湖の桜並木・第100集の感想


琵琶湖の桜並木さん

改めまして第100集の発信おめでとうございます。8年といえば生まれた子供が小学校2年になるまで、長い!と思います。その間に毎月1日更新を厳守されました。労を惜しまず足で情報を確認し関係者にインタビュー、Biwako00a_1 各種資料を点検されました。琵琶湖畔の風物詩100は、滋賀県人と滋賀にゆかりのあるものにとって平成のWeb文化遺産になりました。今後も読みつがれると思います。

「近江八幡商人」、は第100集を飾るにふさわしく、三地区を比較し「三方よし」の経営理念に結論づけられています。市場原理主義、規制緩和万能が不祥事をおこしているだけに婉曲的な世相批判にもなります。政府は罰則や法律強化でしか対処方法を知りません。理念教育しようにも、政治家が不祥事を起こしていてはどうにもなりません。布団の西川は話に聞いていましたが、由来と現状をSakura00l 知ったのは初めてです。

「第100集を迎えて」、で読者の広がりを書いておられますが、我々の前の世代にはなかったITの便益です。本の出版ではWebのようなリアルタイムの反応はありませんから。第1集の感想で、琵琶湖の桜並木を中心に新しい円環ができると予測しましたが、天空の虹か銀河のような豊かな実現を遠くからお祝い申し上げます。

思い入れの深い写真が並んでいます。1枚1枚に撮影時の苦労や喜びがあるでしょう。抽出に苦労されたのでは?表面は読者と共通でも深層は撮影者だけのものです。往復書簡(メール)100回、多くの議論をしました。IT技術では私などがサポートすることはなく、最初から完成度の高いものでした。それ以前の蓄積が花開いた感じです。もっぱら内容についての率直な感想や同感また異論、反論であったと思います。日本の現状認識においてほぼ共通しその処方箋で少し違ったかもしれませんが、共感が圧倒していました。Kosumosu00d

他を評論することは自己を語ること、で毎月私も楽しみにしていました。私の推測は、感想をメールでくれる人は確かにありがたいが、同数以上の沈黙の(しかし丁寧に読んでくれている)読者がいることです。アクセス数の多いサイトも見られていると思いますが、数と内容は比例しない(というか自分にはあわない)のもご存知の通りです。

更新を続けるか、休憩するか、次の展開をどうするか、Web作者の自由です。私の経験では、ひとつのソフトをマスターすると精神年齢が2、3歳(それ以上?)若返ったような気がします。機能が多すぎるのが難点ですが、自分に必要な操作だけをとりあえず覚えれば、あとはゆっくりの楽しみがあります。Mizudori00h_1  また、刺激を受けた50代、40代、30代など若い世代が、我々のようなフォトエッセイにこだわらず、百花繚乱の個性、自由なWeb表現を競ってくれることを願っています。自作の絵やアート中心や家族新聞、職人さん、大学事情、ミュージックなど多様な表現を期待します。来年春頃には 「琵琶湖の桜並木 PART Ⅱ」を楽しみにしています。

(この記事4点の写真は琵琶湖の桜並木のギャラリーコーナーから転載させていただきました。事後連絡をお詫びします。横幅150ピクセルのサムネイル表示なので、左クリックで拡大して下さい。)

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2006年10月11日 (水)

深みゆく秋の尾瀬(3)

山の事故が続く。危険を承知で万端の準備をしていくのに遭難する。尾瀬は10月第2週にツアーバスもなくなって山小屋も閉鎖らしい。私の3回目は来春になる。学習効果のために今回の持ち物を点検する。結果的にすべての新規調達が役立った。深夜バスで通路側アームに空気枕を置いて快適に眠060930kれた。事務用品店でもとめた飛行機の足のせの代用。一人客は片側占有、2人客は2人がけで気の毒な感じがした。バスに乗る前に口をしめらせた冷水焼酎は睡眠薬になった。もっとも高速のSAで目が覚めた。時間までにバスに帰って下さい、と運転手さん。自家用車では戻りで迷うのがしばしば。闇の一人、こわくなって後ろをふり返り確認しながらトイレに行った。靴が合わなかったので靴下を厚手から薄いのに変えた。

2足用意も正解。絆創膏2枚も左足小指のマメに役立った。熊肉を食べたことがないのに先に食われたくない。チンチロリンの鈴を腰につける。携帯ラジオは山中のある場所から突然電波が消えた。群馬と福島の周波数が違うのか不明。2700円の手袋は有用。早朝と昼間の寒暖が極端。反省点は食事である。朝のオリジン弁当(総菜屋)のおにぎり、昼のコンビニのイナリ、菓子袋のドラ焼きを入れた。コンビニのおにぎりはせいぜい翌朝5時が賞味期限。次はぜひ自分でおにぎりを作りたい。梅干を中に塩をつけて高菜、卵焼きを添える。出発前、夜8時の楽しい準備になるだろう。田吾作風よれよれ帽子は要変更。山にも多少のファッションがいる。帰りの疲労の中で売店のビールはよく冷えておいしかった。

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2006年10月10日 (火)

購読新聞

自家の購読誌は日本経済新聞。カミさんが就職欄があるからと朝日や読売を検討したこともあったが今はシブシブ読まされている。ITや経済の深堀り記事があるのが理由。1面トップ記事の見出しが地味なのがよい。新聞は不偏不党、公平が売り物。方針がどの社もそうだし現に少数意見や反対意見を掲載しようという努力のアトはある。しかし社説やコラム、記事の扱い方に大いなるカタヨリがあるのは事実。日経はあきらかに経済、大企業中心で、ビジネスマンや経営層に読まれる。しらずしらず自分もその影響をうけているんだろうと自戒する。バランスをとるために徒歩3分の図書館に週1回はいく。

1時間もあれば月刊誌、週刊誌の主な記事、サンケイ、赤旗、公明新聞にいたる全国誌をチェックできる。ありがたい公的サービス。論説は丁寧に読む。都立学校における日の丸、君が代強制の裁判報道(東京地裁で教師側勝訴)。正反対の各誌の主張は興味深い。石原慎太郎知事は「裁判官は教育の現場を知らない」と発言。石原氏自身がわかっているかは疑問である。ただ都知事が言うんだからとなんとなく納得してしまうのも読者は情報量が少ないからである。世論は操作できる。操作されていることに気づかない。現場感覚、日常体験が庶民の判断根拠であり、自己発信は有力な武器である。

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2006年10月 9日 (月)

大人の女性

事務所ではこのブログを見ている人はいない?と安心して職場の話題。会議や電話があるので昼食は交代制、12時~13時の間に男性職員がランチに行き女性は2時すぎることもある。この常態はおかしいんじゃない060930g_1 か、と「女性の皆さん、よければ先に行ってください」と提案したら好反響。「えっ、いいんですかあ!」コンビ二弁当を買ってきて別室でおしゃべりが楽しそう。カミさんを通じて職場の長やオトコの「見られ方」をうすうす知る。主婦であり母である彼女たちは実務のベテラン。安定感がある。マネジメント、経理、IT、総務など専門家も必要だが「誠心誠意という専門性」はすべてに優る。

縁の下の力持ちがいないと職場はまわらない。当人は卑下するがひそかなプライドにしていい。女性一般を「視野が狭い」と評する場合がある。ひとつの事に夢中になるとまわりが見えなくなる、と。かくいう男性の視野はそんなに広いのか?どこで会ったか忘却のかなただが、年齢のわりに精神の幼稚なムスメがいたようないないような。自分が注目され愛されることだけに関心つよく他を思いやり気づかうことが少ない。メールの書き方もナルシズム(自己陶酔)。オトコにもある症状。いまリアル、サイバーを通じて大人の女性たちと交流があるのは幸いである。なだめすかして面倒みるのは苦手。

備忘録:10月3日(火)上野の東京芸大美術館でNHK日曜美術館30年展、日本橋三越で日本伝統工芸展。10月5日(木)区の料理教室(5回シリーズ)。10月7日(土)CEATEC  JAPAN2006(幕張)。

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2006年10月 6日 (金)

短時間正社員制度

私には変わった趣味があって、首相の所信表明演説を読むのが好きである。通常国会では「施政」、臨時国会では「所信」だそうだ。いつだったか小泉純一郎さんの?表明演説全文をを読んでいたら、「パソコンリサイクルに積極的に取組みます」というクダリにびっくりした。たまたま私はPCリサイクルの仕組み構築の渦中にいた。小泉さんがパソコンやリサイクル060930m関心があるとは初耳。さては某課長補佐が原稿を上げたな、と思ったものである。時々の役所の総意が出る。受けねらいのキーワードもおりこんで表現の苦心もある。安倍晋三さんの初演説は9月29日(金)の夕刊に載っている。

政治のウソとマコトを点検する格好の教材である。冒頭で安倍さんは既得権を打破し特定団体に偏しないと宣言する。安倍さん自身は典型的な勝ち組家族で政策も資金も日本経団連依存ではなかったっけ?再チャレンジ支援策に行数を割く。首相官邸サイトには詳細な検討資料がある。PDFをダウンロードし印字して読む。「短時間正社員制度の導入」とある。実現してほしいが実態は逆である。障害者の就労支援はありがたいが、経済効率を加速させながらの実効は心もとない。利潤優先でないと淘汰される状況で企業が本気で取組むだろうか。私の根拠は生活実感と現場感覚である。

尾瀬の写真を横幅800ピクセルで掲載(左クリック)。尾瀬への美辞麗句(美しい国)は実体(現場実見)と一致する。10月7日(土)、8日(日)の更新を休みます。

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2006年10月 5日 (木)

「いい本」「いい話」

まるで感激性のない人がいる。何を聞いても馬耳東風である。さだめし私のブログなど「あんたも好きねえ」でハイおしまい。はじめから読まない。別に感動しなくても世の中わたるに支障ない。いらぬおせっかいである。逆に「あの人の本を読んで感動しました」とか「今日はすばらしい講演でした」という話が私のまわりにはあふれている。いじわるだが「・・・で、それがあなたにとってなんなの?」と思う。震えがくるような深い感動は言葉や文字にしにくい。受身の感動ではなにも身につかない。充実感があるのは本を書いた著者や講演者である。自分なりに発信したり行動することではないか。自己の旗をたてること。自分があってこそ批判的感動が生まれる。できあいの評判や権威を信じない。他人の言葉、引用を一時遮断する。それらが消化され行動にならない限り自分のものではない。

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2006年10月 4日 (水)

深みゆく秋の尾瀬(2)

10月3日(火)1時~15時、メンテナンスのためこのブログの編集画面にアクセスできなかった。コメントも不可。更新をパスしようかとも思ったが3時過ぎに3日(火)分をアップにした。毎日午前アクセスいただいている皆様 失礼しました。長時間の停止は困ったものです。 060930b_1

尾瀬の帰りのバスでおじさん(以下、山おじさん)と隣り合わせになった。気のいい人でなにかと話しかけてくる。ベテランのようなので地図を出していろいろ聞いた。尾瀬沼からの下りの石ころ階段が登りよりきつくへとへとになった。山おじさんも同感である。新調したゴアテックス(防水蒸れない素材)の靴が合わなかったのか左足の小指にマメができて痛い。9月27日(水)神田駿河台のスポーツ用品店で店員さんの懇切なアドバイスを受けた。普段の靴サイズは25.5、下り坂では足が前にずれるので指先が1センチ空いているのがいいとのこと。理屈に合う。26.5ではゆるすぎると感じて26にした。靴下ははじめ厚手を途中で普通に変 えた。山おじさんはゆるい靴はだめだ、普段のぴったりサイズにすべきだと言う。

ゆるいからこすれてマメができる、店員さんは山を知らない、と。スキーブーツでも同様のことが言えるので山おじさんの説にも傾きかける。17000円もしたのでこの靴になれるしかない。スキー靴では左足のくるぶしの上が毎回こすれて赤くな060930dる。左足が右より大きいのではないか。次の目標・至仏山(2228m)、下りが急でびびって引きかえす人もいるとガイドブックに書いてある。滑りやすい火山岩である。山おじさんは逆に急な方(山ノ鼻地区)から登ることをすすめた。三条ノ滝はすばらしい、アヤメ平はマイナーだから止めときなさい、と尾瀬に通じている。夕べ泊まった東電小屋の設備をほめた。2日歩いた山おじさんは汗でちょっと臭かった。節度のある親切おせっかいにまた尾瀬に行きたくなった。今月?来春?

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2006年10月 3日 (火)

SNSその後

8月24日(木)の記事、だれか私を招待して・・・の後日談である。実は旧知の先端人のお陰(招待)でSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の中に入らせてもらい、あれこれ様子見している段階。出身の中学、高校、大学のコミュニティが既にできている。大阪の中心で鹿児島弁を叫びたい、と060930fいうタイトルがあったので、東京の中心で鹿児島弁を叫びたい、とレスした。メンバーの年齢層はおおむね20~30代だろうか。ケータイのチャットメールのような口語調。メールは文章、が固定概念の私はおじゃまむしかなというためらいもある。サプライズは、中勘助で検索したらコミュニティが作られて投稿も活発であること。中勘助と戦争、というシリアスなトピックもある。長年の読者として黙っているわけにはいかず投稿した。

フィルターにかけられた身元たしかな?メンバーによる「穏やかな交流」とはいえやはり雰囲気をこわすような書き込みがある。あげあし取り?つっかかるこわもて風、あわや文字でのケンカ寸前。顔の表情(たぶん笑顔)がわかればなんでもないのに文字の羅列だとジョークにならない。ブログのコメントもにた危険がある。よかれと思ってしたコメントがお互いの不快に発展したらもともこもない。ここで大人の管理人が登場する。カリカリしないように注意したり、利己過多は削除する。書くほうは読みなおしてから送信を、読むほうは真意をくんで寛容でありたい。加入者716万人とか報じていたが、実質稼動は半数以下ではないか。マスコミも冷静な分析をしてほしい。SNSは大きな可能性をひめてまだ発展途上である。

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2006年10月 2日 (月)

深みゆく秋の尾瀬(1)

夜行バスが大清水(おおしみず)についたのは9月30日(土)朝の3時半だった。5、6名が降りたが真っ暗闇、深山幽谷に放り出されてバスは行ってしまった、どうしよう。当てがはずれた。前回の経験から先に尾瀬戸倉(鳩待峠までマイクロバスが出る)に寄って、大清水は5時ごろ、少しでもゆっくり眠060930aれると思っていた。ぼんやり灯りのともった待合所に入ってベンチで仮眠を取る。みな手もちぶさた。目が覚めたら5時過ぎでようやく明るくなった。もう一人まだ眠っていたが他は出発している。尾瀬ハイキングの歴史と伝統の尾瀬沼に向かう。標高差は570メートル。ポットにつめてきた焼酎の冷水割で景気づけのうがい?をした(やめときゃいいのに)。林道風の道を歩く。イントロでよくあるパターンだがチンタラ、変化がなくおもしろくない。身体もだるい。1時間ほどたってやっと登山口へ分岐する。ザーゴーという渓流の音。とたんに元気になる。

帰りの撮影を楽しみに石ころを積み上げた階段、木道のステップを登る。山小屋宿泊組が降りてくる。挨拶は「おはようございま~す」。「~」がすれ違う風のリズム。ガイドブックに息がきれると書いてあるので覚悟はしていたが意外に早く2時間半ぐらいで三平峠についた。そこから急に下り坂の木道。帰りが大変060930e だ、などと歩いていくと、もはや前方に山はなくぽっかり空白。見えないが沼が広がっているらしい。尾瀬沼東岸、青い水の向こうに燧(ひうち)ヶ岳。長蔵小屋や無料休憩所がありベンチに人が休んでいる。大江湿原の方へ歩く。草紅葉を前景にシャッターをきる。話しかける相手はいないが「いいなあ」と自然に声が出た。写真(左クリックで拡大)でそのパノラマを再現できないのが残念。沼の一周もアタマにあったが最低でも+2時間は必要で帰路をゆっくりと考えて10時にはUターンをはじめた。下記にデジカメ動画9秒(4.6MB)、深みゆく秋の尾瀬、は3回シリーズ
「060930a.MOV」をダウンロード

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