遠藤展子さん
遠藤展(のぶ)子さん、旧姓小菅展子、小菅留治氏のひとり娘・・・これでピンとくる人はかなりの文芸通である。小菅留治は作家藤沢周平の本名。「藤沢周平 父の周辺」(文芸春秋刊)を読んだ。カウンターでぬる燗のうまい酒を飲む味わいである。「普通が一番」が父親の口癖で、小説家になりたいと
いう娘に「お前のようなのほほんと生きてきたものには小説は書けない」と諭す。娘にはのほほんとした平穏無事を願う。藤沢周平は26歳から4年間結核で療養した。婚約者がいたが相手の親の反対で破談になり復帰後結婚した妻は展子さんを生んで28歳でガン死。小菅家は再婚の優しい母を含めた3人家族である。幼い娘は他家のように親子でプールに行きたいと思う。
母は自分のスタイルを気にした風で嫌がるが、娘は父の結核の手術痕のせいだと察して以後口にしなくなる。結核の治療には早く治って費用も安い手術と費用がかかり期間も長い薬治療があるが藤沢は迷わず手術を選んだ。結果的にその輸血で感染した肝炎で寿命を縮める。藤沢の尊敬したのは農民や職人などひとつの仕事に打ち込んできた人である。思うようにならない人生だがその境遇をうけとめてせいいっぱい生きることを自ら実行した。哲学書、精神訓話や師匠、信仰にも寄りかからなかった。鶴岡の教え子や同窓生と会うとまろやかな庄内弁まるだし、著名作家になったおごりなど微塵もない。文章の気品と抑制、余韻の美は実像、人柄そのものである。
備忘録:10月25日(水)日本ハムが3連勝で王手、を観たあと夜10時半からプールへ。自転車で10分、隣接するスーパーsantokuでカミさん所望のいちじくパンを購入。このところ雨天続きで行けなくていらいらしていた。1コースひとりでゆったり20分。夜半過ぎてブログ更新。
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コメント
文化勲章受章者を見ると年齢が高いですね。各種芸術文化団体の敬老会、順送り?参議院の大臣待ちと似ています。ノーベル賞が先にきてあわてて文化勲章で追認した例もあった。まあおめでたい席なのであまりめくじらたてんときます。高倉健さん 文化功労者おめでとうございます。
投稿: ショパンの調べ | 2006年10月29日 (日) 09時36分
今日、文化勲章とともに文化功労者が発表されていました。そのなかにはある作家がいました。古い記憶ですが、平成という元号を味噌くそにけなしていました。とまと銀行という名付けのほうがよほど気がきいているというようなことを書かれていたように思います。さっぱり理解できませんでした。文化何とかにしてもノーベルなんとかも、私にとってはどうでもいいことです。藤沢周平さんの文庫本と地酒の一杯にはかなうものではありません。
投稿: 悲しき雨音 | 2006年10月28日 (土) 02時08分