2007年2月 6日 (火)

合掌しつつ後ずさり

上野公園で江戸糸あやつり人形のデジカメ動画。⇒クリックで再生

ランチミーティングで会社部門OB会の幹事いわく「もう5年やった。そろそろ交代したい。」・・・「合掌(感謝)しつつ後ずさり(遠慮)ですね。」世話役はキライな方ではない。組織をそのまま移行したような集団としてのおつき合いはもう勘弁して、が本音。公開されているOB会ホームページのトップに偉大なる創業者の言葉が出てくる。利害を離れると偉大の基準もいろいろ。会員の絵や写真でも飾ったほうがいいのでは?新春OB会で社内製品愛用の呼びかけや会社の発展を祈る、ご挨拶がある。そのフレーズで会場から拍手めいた笑がおこる。頼まれなくても会社ブランドにこだわって購入しているし、マスコミで評判がいいとプライドをくすぐられる。愛国心と同じで強調されると違和感がある。過去の成功体験、労使一体の集団思考。金太郎飴がものづくりや販売ルートの制度疲労になった。この会社でパソコン事業が異質なら私の社歴も特別だった。早期特典の団体バスに乗らず居のこり、期待されない仕事の完遂にこだわり、武士の一分として満期前に辞めた。納得(自己満足)だけである。退職でしがらみはすべて終了した。波長のあう同僚複数とのおつき合いはぜひお願いしたい。OB会の参加率は20%ぐらい。世話役の皆さんの尽力で維持される。それゆえ合掌しつつ後ずさり、である。

備忘録:退職ご挨拶もWebですませた。皆さんからのエールは結婚式の祝辞と同じで話半分、そんな人間に値しないとわかっているがウソは書いていない。その経験で少しでもお役にたてればと思う。

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コメント

悲しきあやつられ人間 さん

上野公園には大道芸人がよく出ています。あやつり人形と会社員、なるほど。会社をあやつったらおもしろいかも。見事な伝統芸だと思いました。

「宮の坂」さん

ガダルカナル、硫黄島のような職場でしぶとく生きる。コンピュータ専門家やPCが趣味の域まで好きな人がつよい。「宮の坂」さんは希少な人材でした。むかしの仲間もこのブログを読んでくれているので、吉永がええかっこうしてると笑っているかな。数えると5回ぐらい部門を出され(戦力外通告)ています。あの職場に残らずによかった、経験がすべて次に生きたと思います。いまはその集大成です。


投稿: 東京遊民 | 2007年2月 6日 (火) 22時43分

動画の人形に魂を感じます。
昔の会社とか忘れましょう!
過去も未来もすべて「空」。


投稿: 悲しきあやつられ人間 | 2007年2月 6日 (火) 19時57分

こんにちは「宮の坂」です。
私も会社に対しては同様な感じを持っています。この会社では異端、異質のコンピュータビジネスを退職までずっとやってきました。そして6年を余して退職の道を選択しました。結局またIT絡みの仕事を続けています。
いずこの企業も団塊世代を狙い撃ちした早期退職の嵐が吹き荒れた2004年に退職したのですが、団塊世代には入れず、かといって期待される若手とは更に遠い中途半端な年齢、キャリアを見つめたら自分の身の処し方は、どうしたら良いか?と悩みました。
「武士の一分」とは思いませんでしたが、この時に武士道(新渡戸 稲造)と「葉隠入門」(三島由紀夫)を読みました。たぶんに自分の決断を美化したかったのでしょうか(ええかっこしい、ですな)。とまれ海外駐在、転勤と結構忙しく働いたので、ここらで一休みもいいなと、単純に思いました。神様がくれた早目の休憩だと思って。
退職後も会社のAV機器や家電製品を愛用しつづけています。血気盛んな頃も、壮年から円熟(単なる老化ですけど)までと働く場を与えてもらったという感謝の念はあります。それに報いるだけの仕事、成果を残したのかが気にかかる所ではありますが。

投稿: miyanosaka | 2007年2月 6日 (火) 17時45分

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