同世代コミュニティ
朝日新聞相談室(070512)。主婦48歳「「同窓会が楽しくない。夫や子供の自慢話ばかり。そして昔いばっていた人が、今も大いばり、昔を懐かしむだけなのに、そんなに会いたいのでしょうか?」作家の室井祐月氏の回答「・・・そうね、もう少し年を取ってから、たとえば誰かのお葬式で顔を合わせるのでいいんじゃないかしら。そして、故人
を懐かしみながら、ついでに思い出話をするので。」目標に向かって突き進んでいて忙しい日常に追いまわされているひとは出てこない。過去を懐かしむのは「自分の人生、この程度で上出来だ」と悟ったか志半ばであきらめてしまった人。・・・う~ん。
私の回答。相談者も回答者も既成概念・旧式の同窓会が刷りこまれている。メールやブログで来し方、近況、自慢話(ご愛嬌程度)をリアルタイムで共有しているとわざわざ会ったときにまでそんな話をする必要はない。あり姿と未来への切磋琢磨の場、サイバーと現実の誤差の修正。第一、学校時代が懐かしくない。面識のないひとが大多数。懐旧でなく、グローバリゼーションと新自由主義で失われた地方の景色、方言、日本情緒の確認、復活である。懐古でなく社会焦眉の課題。ITで様変わりした同窓会風景を「同世代コミュニティ」と呼びたい。企業内も同じ。情報共有なら休日のメールですませ(月)の会議は決定方向づけで短時間に終る(先進職場)。
近況紹介の意義は人間を知る楽しみである。中学の同窓会は集団就職が多いので経歴も多彩。私が料理を習ってることを(やや得意げに?)話したら、45年ぶりの友人は「・・・料理はずっとやってるよ。家内が8年前からうつ病なので・・・」とぴしゃり(と感じた)。トレーラー運転手40年間をリタイアした友人は「・・・なんにも語るような趣味はないなあ・・・」と黙った。雰囲気が藤沢周平が賛美するこの道一筋の農民、職人そのまま。がっしりした肩に後光がさす。下手な本や映画を観るより感動的。身近に学ぶモデルがいくらでもいるじゃんと思ったものだ。
備忘録:5月16日(水)丸の内MY PLAZAホール「ネット社会とセキュリティ」セミナー。「ぐるっとパス」を使って出光美術館、版画でなく肉筆浮世絵、北斎や写楽以前。5月17日(木)事務所の帰路、相田みつを美術館。他人の言葉より自分の言葉。5月18日(金)たかの台、新ブログを開設(非公開)。万緑のなかや吾子の歯 生え初むる 中村草田男 5月19日(土)会社第36回OB年次総会(品川)。前職場、多世代コミュニティ。メール登録55%。5月20日(日)憲法拡大解釈にも抵触する集団的自衛権の4類型を議論(新宿)。
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コメント
学生時代のなつかしさを求めて行った場所がすっかり変貌してがっくり、行かなきゃよかったという経験はたびたびです。ひとの心も変貌するのか。それぞれの進路もちがい接点もなくても、時間と時代をパーフェクトに共有、37年という時をだきしめたい、と痛切に思った記憶があります。
投稿: 一里塚の粋人 | 2007年5月28日 (月) 08時05分
50歳になる前あたりで香川県で開かれた中学の同窓会に出た後、みんなと別れて一人ホームで電車を待っているときに思いました。そこにいたのは今の私たちで、あの頃の私たちはやっぱりもういないんだと。瀬戸大橋を渡って帰っていく電車が入ってくるときに、ホームには瀬戸の花嫁のメロディが流れていました。冬、会食よりもその前に街で食べた120円の素うどんの温かさにその日のことを思い出します。
投稿: 千里山の凡人 | 2007年5月26日 (土) 20時26分
これんさん
最近(やっと)goo RSSリーダーを設置して毎日ワンクリックでお会いしてます。ジマン話が嫌なひとは内心自分もしてみたい?ジマンした後のむなしさ。謙虚が充実です。いちばん無難なのはふるさと自慢だそうです。サイバーとリアル、落差に考えこんでしまいます。メールはやってるが、クリックやID、パスワードの意味がわからない。えーっ?まだ一般語ではない?私がよく言うジョークで、メールで恋愛はできるがそれ以上はすすまない、がある。リアル第一、ネット第二ですね。ビジネス最前線の発信は貴重と思います。時間拘束はやむをえないとしても会社に価値観まで拘束されないように(笑)、これからものびのびとお過ごし下さい。
投稿: 東京遊民 | 2007年5月22日 (火) 07時16分
こんばんは。ごぶさたしています。
私自身は、同窓会というのは一回くらいしか行ったことがないんです。
ただ質問者の気持ちはよくわかります。ITであれリアルであれ、<常日頃から情報を共有しあっているほどの間柄>なら、質問者のような状況は起こりにくいと思います。ITが先にあるのではなく、間柄の親密さが状況に先立つと思います。また夫や子供の自慢話というとき、女性特有の問題もあります。
同窓会にもクラス単位のものもあれば、学年全体、学部単位、学校単位いろいろあって、「自慢話」というときは基本は面識があることが前提のこじんまりした同窓会をさすのではないでしょうか?ただ「自慢話」には屈折した情感もあると感じます。わたしはこの質問者は「楽しくない」といいつつ、意外にまた同窓会に行かれるようにも思うんです(^^。苦くて腹立つ、アナログ、アナクロな同窓会風景というのもリアリズムとして悪くないと感じます。
投稿: これん | 2007年5月21日 (月) 00時26分