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2007年6月28日 (木)

夫婦のネットカレンダー

某日、朝寝したカミさんがあわてた顔で寝室から出てきた。「あたし今日桜木町だった。友達が鹿児島から来るのに、忘れてた」とおろおろ。日を勘違い、1週間先のことだとわかってほっとひと安心。手帳を持たないのでこんな「まっさお」がある。壁にカレンダーを掛けているがめくり忘れたり行事書き込みや○付けはめんどくさくてやらない。幸い食卓にそれぞれのパソコンを置いている。共通のネットカレンダーをPC画面に作ることを思いついた。070617d

問題はソフトである。はじめYahooカレンダーでテストした。仲間内のネットアルバムの便利さを実感していたから。ところが機能が多すぎる。いや、業務用としては細かい時間設定、会議室、出席者一覧など必要だろうが、これは家内限定、アバウト、超シンプルでいい。純家庭向けカレンダーもあるがとりあえずGoogleカレンダーでスタートした。カミさんと私の出勤日、それぞれのイベント(私の飲み会がほとんど)、夕食献立である。夕食のレシピは、たとえばハッシュドビーフ(ハヤシライス)と書いて、ベターホーム協会のレシピにリンクする。これを見てカミさんは冷蔵庫内の材料を準備。解凍が必要なのは朝冷凍から冷蔵に移す。

カレンダーへの予定入力は二人それぞれ空いた時間にやる。代行はしないぞ、と宣言してカミさんのやる気を見ていたら「初の書き込み」を発見、おもわず拍手した。出勤などはとりあえず「繰り返し入力」のあと、見直して削除が手間がかからない・・・使ううちに1、2クリックですむようになる。予定2時間前にケータイへメール通知を設定していたがやぞろし(鹿児島弁?)のでやめた。パソコン操作でもっとも大事なのが運用ノウハウ(自分なりの使いこなし)。インターネットのあるところどこでも閲覧追記削除ができ必要なら遠方の子供と共有もできる。ID、パスワードでガードされた世界。うっかりしやすい家族の誕生日、父母4人の命日入力はこれから。

備忘録:6月26日(火)プール夜の部。プールサイドの溝のふたがめくれていて?左足を突っ込み打撲、擦過傷+炎症、大事にいたらず。エクササイズを中止し手当てしてもらって帰宅。災害は忘れた頃にやってくる。6月27日(水)新橋で滋賀県草津の同期と飲む。国民生活白書(内閣府)をネットで通覧。ITは能書きより実践、俯瞰図より部分からの積み上げである。但し読むのはムダではない。写真は鎌倉にて。

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2007年6月24日 (日)

プロジェクト

プロジェクトにはいろんな意味があるようだ。テーマを特定した仕事のチーム、が一般的。私はプロジェクトにいい思い出がある。人事管理が不要。リーダーは事前打診できまるが、議論の中で説得070617b力のある発言やまとめ方のうまさで自然のリーダーができることもある。無線LANのセキュリティで PC業界ガイドラインを策定するプロジェクト。無線機器メーカーの某氏は知識がきわだっていた。おおざっぱだがPC本体価格を20万円とすると周辺機器は2万円、10分の1。プリンターの値段がわかりやすい。本体が伝統ある大企業であるのに対して無線機メーカーはベンチャー。委員には大企業なにするものぞ、の負けん気があったのではないか。寄らば大樹の陰はしばしばメンバーの精神を弛緩させる。実は・・・私にもひそかに期するところがあった。

動画編集ソフトに「プロジェクトを保存」という耳慣れない操作がある。動画、静止画、音楽を070617e組み合わせる動画編集は時間をくう。途中で休憩、残りは後で。プロジェクトを保存、しておけば作業途中のファイルをそのまま読み出せる。素材を入れ替えれば他に転用できる。動画をタイムライン(編集用の時間軸)にいくつか貼り付けるとXPマシンではしょっちゅうフリーズする(画面がかたまる)。メモリ512MBで不足なのか。電源を強引にきって編集ソフトを立ち上げるとさっきの作業画面がプロジェクト自動保存で再現できる(1分前の最新)。意味不明、悩まされてきた動画編集のプロジェクト、その便利さがわかった。

6月21日(木)1箇月6日間にわたった和弓教室が終了した。1年コースKyuudou_1を短縮した各2時間の濃厚指導。生徒1人に5人の先生(シニア女性)がつくこともあった。「ふんぞりかえってる」「まだ的を見て」「人さし指を軽く添えて」「矢を唇につけて」「弓をひくんじゃないの、弓を左手で押すの」「腰の手は前に、お遊戯会じゃないんだから(ナンでここまで言われなならんの?)」・・・などタイヘン。語気つよくすべて「・・・っ」である。パソコンやゴルフの自主性尊重、ワンポイントアドバイスとえらい違いだ。修了証書をいただいた後の懇談で私の所感。「板の間に正座するのは坊さんか神主さんの前しかなかったのでいい経験でした。ふだんの生活がデジタル漬けなのでここに来るときはケータイも時計も外してきました。やっと終わった、面白くなるまではいきませんでした。」さて、7月初から週1回の練習に参加するかどうか。当面道具、衣装(はかま上下)はいらない。

備忘録:写真は鎌倉にて。クリックで横800ピクセルに拡大。6月21日(木)次男が帰宅。自家ちかくの居酒屋&レストランをはしご。6月24日(日)午前冷蔵庫設置(129800円、20%ポイント)。食材の入れ替え、狭いキッチン通路の搬出、搬入で大ごと。1993年製リサイクルへ。

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2007年6月21日 (木)

ひいきのクリーニング屋さん

家事分業ができていて、食材の買い込み(生協)、朝の珈琲、洗濯、ベランダの水遣りはカミさん、料理は折半、食器洗い、クリーニング出し、ゴミ捨て、電気製品まわりは私である。おおむね入りと出に分けられ、自然な分担は性格、嗜好である。食器洗いはデジタルで疲れた神経が休まる。水遊びの延長。ゴミ捨ては玄関がすっきりする。

地下鉄駅近くのクリーニング店にはカミさんも出していた。そこの店員と合わなくなった。店員は女性で、年齢層によっておねえさん、おばさん、おばあさん、と呼称がちがうがここでは女性店員とする。ワイシャツを出すときに、袖口のボタンを全部はずして下さいとのこと。受付でうっかりはずし忘れると客に文句を言うのだそうだ。カミさんはアタマに来て、もうあなたに任せる、となった。どうもこの店員はカミさんにだけ愛想がわるい(気のせい?理由不明)。

そのうち、自家のすぐ近く大通り沿いにクリーニングチェーン店ができた。客のあまり入らない自転車屋を二つにわけて片側に開店。さっそくこちらに切り替えた。休日の夕方は行列ができる繁盛。女性店員さん(こちらはさん付け)の応対がきちんとしているなあ、と好感をもって衣類を出し、取りにいく。ワイシャツ170円で特別安くもないが、立体仕上げ(たたまない)にする。ワイシャツハンガー10本でゴミ袋と交換してくれる。数えながら10本たまるのが楽しみだ。仕上がり衣類の包装袋(ビニール)は私だけ繰りかえして使う。自家でたまるのが無駄でエコでないと思うから。

店員さん「お日にちをいただいていいですか」 急がないので「はい」と答える。私の方から「袋はこれで」と持ってきたよれよれを指さす。店員さん「ありがとうございます」、いつもの定型会話。仕上がりメニュー(コース料金)の種類は多く、集中する時間帯は受付のまわりに洗濯物が山づみされている。クリーニング業大手のIT化は進んでいるのだろうが、1点1点よく間違わないものだとノウハウに感服する。そしてほとんど一人でこなしている店員さんのテキパキ丁寧な応対、処理にも。私はワイシャツのボタンはずしをすすんで再点検する。定休日以外に休みの張り紙がある。主婦としてはずせない家事もあるのだと察する。

備忘録:6月15日(金)午後練馬区大泉学園前ご自宅PCサポート。相手のPC機種、ソフト、操作状況がわかれば視界が開ける。わからないと五里霧中。6月17日(日)鎌倉紫陽花。快晴、長谷寺は1時間待ちで、七福神御霊神社、成就院(じょうじゅいん)、極楽寺へ。写真は整理加工する時間がなかったので、次回掲載します。

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2007年6月18日 (月)

親を思う有形と無形

昨年の5月、母の日のこと。知的障がいのあるご長男を長年いつくしんでこられたお母様からメールをいただいた。四葉のクローバー2本をまるいガラス瓶にいけた写真。シンプルだが透明感にあふれている。小雨の中を公園まで探しに行って濡れながら帰宅、玄関で「はいっ」と渡された母の日プレゼント。クローバーはしなびていたが一晩で元気になったそうである。この話を聞いた数人は感涙した。6月17日、昨日は父の日。実は・・・私もカミさんも同じような経験をする。生きていてよかった、この世の中捨てたものではない・・・胸がいっぱいになる。極端だが、こんなエピソードをなんの気なしに見すごすのと、感知して頭から離れないのではその後の価値観まで変わるのではなかろうか。

ある時期まで、自分の父母は苦労の連続だったと思っていた。上級学校へすすめず社会の縁の下の仕事を誠実に全うした。父の男の兄弟のうち、2人が戦死、1人は病死、幼い甥たちをふくめて一家のすべてが父の肩にかかった混乱期。自殺を思いつめ山をさまよったそうである。年を経て、笑って話してくれた。一個の卵に醤油いっぱいかけて4人の兄弟でわける卵かけご飯がたまのご馳走。物質欠乏の苦労は必ずしも苦労ではない。家族の一体感は今も続く。同世代はみな似た経験をした。不幸は近親の決裂である。父母は晩年本当に幸せだった、と回想できる私も幸せである。

24歳で長男が戦死した小泉信三氏。出征にあたって・・・お前は育ってくる今日までの間に十分に親孝行したから何も思い残すな、お父さんもお母さんもお前という子供をもてたことで幸せだったという趣旨の手紙を書いた。もっと長生きしてもらって形ある親孝行をしたかった、親のびっくり喜ぶ顔が見たかったというのは子供の悔い。しかし、親からすれば、遠くで元気でいてくれればそれが一番、便りのないのがいい便り、も確かである。わが家についていえば、子供たちが卒業までに親としての喜びは味わった。ありのままで生きていてくれればいい、もう何も形は望まないから後顧の憂いなく自分たちの道を歩め、である。

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2007年6月14日 (木)

日本の気品・武道の心

(写真は仲間内ネットアルバム・M氏撮影から事後了解で借用した。美しい日本の気品。クリックで横800ピクセルに拡大、高度角度ベスト。転載不可)

区立弓道教室6回シリーズ、1回2時間、前半3回が終了した。1年分を凝縮した?中身の濃さ。動機は息子が20代から剣道をはじめたのでMiya武道の心を共有したいこと、姿勢や礼儀作法が身につくと新聞で読んだから。ほぼ期待通りだが、まあそのうるさいこと。弓に矢を合わせて的を射る。簡単な動作に足の運び、手の位置、顔の向け方、親指・薬指の折り方が決まっている。一連が流れ るように無意識にできるのが有段者らしい。的に当たるかどうかは二の次三の次。

右手に皮手袋をつける動作は必ず腰を降ろして、入室で敷居に乗らない。日本古来の礼儀、目上(指導者)への無条件の敬意、見た目に美しい所作、として納得。ふんぞり返ってキーボードをたたく、好き勝手、パソコン道にはなにもない。違和感があるのは全員で国旗に向かって礼、全国武道団体の長が自民党代議士であること。当方は初心者、長居をする気はない?ので目くじらをたてない。しかし武道が過度の民族主義や政権に保護を求める団体活動の枠にあるとすれば純粋なスポーツ愛好、伝統礼儀の習得から逸脱すると思う。

休日の午後、ケータイへPCメール転送が振動。友人からお父様ご逝去の連絡だった。95歳の大往生、郷里で10日前に亡くなり葬儀他すべての行事を終了しての報告。仕事で臨終に立ちあえなかったこと、度々帰省して親子で語り合えた感謝が淡々と書いてある。友人のお父様への敬愛は特別なものがある。片付けのため会社にいるとのことで、すぐ電話した。「・・・さびしくなるね・・・」と弔意をのべながら涙で声がでなくなった。友人ではなく私の方である。心弱いことである。涙もろいDNA3代。

見送った息子の気持ち、父親の気持ち、あれこれを想像して感情過多になる。私の父母の場合も、いよいよ危ないとわかっていても帰らなかった。鹿児島と関西、毎日行ったりきたりというわけにいかない。長期に仕事を休んで病室で「最期を待っている」ことはできない。意識のあるうちに別れをすませていた。幸い弟妹が近くにいて任せるしかない。親もそれを望んでいたと思う。仲間うちには非公開ブログに数行書いた。訃報には「知らせ方の節度」がある。幸い気づいてくれたひともいる。

5月19日(土)品川で、会社OB会(議事と懇親会)。会場に「行事開催時に撮影された写真の一部は、□□会HPに掲載されます。不都合のある場合は事前に世話役に申し出てください」と張り紙がしてある。配慮だなあと面識のない世話役と少し話をした。会社OB会のホームページに、氏名や写真など個人情報保護の扱いについてガイドラインが載っている。上記はその中の一文。要するに同好会に参加すると楽しい写真を撮られる、それがHPに掲載されるのは了解のうえ、総会は別なので、写真を載せられたくないひとは申し出て下さい、ということ。

クレームは直ちに処理する規定もある。HP作成者と閲覧者は情報強弱の関係にあるから。会員専用(パスワード)コーナー設置。それにしても、会員とその家族だけが見ればいい、同好会行事をなぜ写真付きで世間にさらす必要があるのか私には理解できない。世話役は沢山の人に見てほしいのでいちいちパスワードをかけておれない、とコメント。ある種の粗雑さとパスワード(超簡単)無知がある。実は、冬眠中?の「賀茂川の風にさそわれて」には思い出の家族写真が数枚。写真のスキャン、超圧縮だから拡大しない、家族の暗黙の了解?が言い訳。クレームがあれば削除します

備忘録:6月12日(火)大学同窓会。出欠連絡不要、幹事の太っ腹。友人たちのメール使いこなしの現状?・・・私がアドレス整備担当にしゃしゃり出た。すでに仲間内ブログはあるが今後劇的?にIT化がすすむと思う。顔を合わせる宴会は同窓会コミュニティの一部である。

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2007年6月11日 (月)

シニアの分別・大人の常識

(仲間内ネットアルバムから事後了解の写真を借用する。原画を横800ピクセルに縮小加工した。写真メール添付のトラブルを防ぐにはネットアルバムが正解。転載不可)

昼食時間は普段外に出る。事務所のまわりはランチ屋でにぎわう。600円~800円。役所内にも食堂はあるがランチの群れが交差点を渡ってくる。気分転換?この日は早朝行事のドタキャンでサンドイッチの残りがあるとのこと。「昼食代にもことかくつつましい生活」なので会議テーブルの隅で喜んでいただく。女性職員が珈琲のサービス。男性組はコンピュータ系、半官半民系、電機系いYoshimori070611ろいろ。野菜作り、料理、山麓週末別荘、ゴルフなどのアナログ会話1時間、異分野は参考になる。

パソコン事情が共通の話題だが、先日宴会で「クリックってなに?」というまじめな質問(エグゼクティブ)。PCを使っている人と敬遠している人との常識はますます拡大する。各レベルの質問に謙虚丁寧でありたい。あれやこれやのトラブル経験交換がベストの解である。私が2年書き続けているIT化事務局便りを印刷して読んでくれる同僚。職員のIT活用レベルは格段にアップしたと思う。大人の常識を備えた職場の皆さんに感謝である(このブログは知られていない?ので安心して褒める)。

メーリングリストは拡大する。心ダイレクトのコミュニケーションで知らない同士が急速に親しくなる。琴線ふれ合いが加速。まわりから様子をみて近づく無駄がない。反面メールで作られた人間関係はガラスの城、いかにももろい。瞬時に崩壊する。例をいくつか。返信を期待してメールを出した、とする。2、3日たっても返信がない・・・なんでやろ?→どこか旅行中?PC不調、トラブル?→まずい一行?→忙しいのかな?(気づかいメールしなきゃよかった)→自分となんか親しくしたくない?→なめられてる?→なに様やと思うとんねん、偉そうに!・・・二度と出すかっ、切れるまで1週間もかからない。単なるメールの見落とし、うっかり(かもしれず)がこのお粗末。実は・・・・真に多忙な人ほど返信マメである(但し、短文)。返信期待せず、ヒマな時に読んで・・・そんな内容はブログにするとストレスがない。

Sonoe070611 ご町内の放送局のようなおばさん(おじさん?)がいた。パーティの隅のひそひそ話をとつぜん檀上からマイク放送するようなもの。気軽に話しできない。個人的なメールを全員に拡大する非常識。意訳して部分紹介が許容範囲である。これもあっという間に全文転送ができるメールの怖さ。技術に精神がおいつかない。仲間うちの写真の扱いも要注意。街頭ティッシュ配りに個人写真を貼り付けるの類。Google検索でアップ1時間後には不特定多数から見れる。無難なのが風景、花木、生物。パスワードをPCに記憶させていて仲間内外の区別がつない事態も危惧される。画面をはみだすぐらい拡大しても鮮明な写真、写されたくない個人の権利、時代は変化した。

善意が悪意に、誤解が不信に暗転するのに時間はかからない。関係するメーリングリストやブログがそうした事態になれば管理者としてどうするか?ITに起因する交友瓦解、ネット被害。責任をとってすべてをクローズ、隠遁したい。心静かなアナログ生活もよきなか。私がいくつものID、パスワードを設置するのは公私の区分、情報暴力を防ぐため。このブログは公開サイト。生ログ分析によればアクセスの半数はキーワード検索(見知らぬ他人さま)。ゆえに公衆の目を意識しながら記事を書きコメントレスをする。自己ストレス解消のような公開ブログを反面教師に。SNSがシニアに有効かどうか、私はまだ疑問である。

備忘録:花の写真や歌を組み合わせて映像詩(5分)をアップ(身内のみ、非公開)。カセットテープからPCへ音声ケーブル送信。ムービーメーカーで編集。新技術ではない。パソコンに10年以上も前から標準装備のソフト。出演者はたぶん誰も適正以上に目立ちたくない。苦心するのはそのアナログ距離感である。JASRAC(音楽著作権協会)に問合せ中。

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2007年6月 7日 (木)

西郷さんの墓

同世代コミュニティ共有のネットアルバムに写真投稿が活発になった。こんど鹿児島に帰ったら撮りたいと思いながら果たせない場所がいくつかある。南州墓地(西郷さんの墓)もそのひとつ。中央駅を起点とした巡回バスの停まるところだが、半日はゆったりの日でないと行けない。桜島を望む斜面に西郷さんの一段大きな墓石。まわりに城山で最期を共にした忠臣(弟子たち)がずらりとRyu051112saigou 眠る。事前に司馬遼太郎の「翔ぶが如く」他を読んで知識を得ておく。よって歴史回想は一人旅でなければならない。明治維新は王政復古の名が示す通り武士(幕府)から天皇への政権移譲だった。国家の体裁として中央集権、産業振興はあったが専制君主制のゆきつくところが侵略戦争と悲惨な結末である。ありがたくも友人の写真を借用(転載不可)。

西南の役は生活基盤を失った武士団反乱の一環で農民一揆の延長という解釈もできる。その頭目であった西郷さんを郷土の英雄として祭り上げる気はない。ただ「政府に尋問の儀これあり」の反体制運動は特攻隊のように権力に強制されたものではなく自然発生的。幕末の京都で江戸で時代席巻した若い薩摩武士たちが負けるとわかっている戦争に突入。初めから死に場所をさがしていた。鎮圧した政府側も幼なじみの大久保利通率いる薩摩武士。南国の陽は明るい。林立した墓石が海を桜島を向いて微動だにしない。異様な光景に粛然とするのは私だけではないだろう。無骨なれども卑しくない。探しあてたい薩摩の心。

石原慎太郎氏は週2日プールで1200m泳ぎ(文芸春秋6月号、奥さんの典子さん談)、吉永小百合さんもバタフライをマスターしているという。水着はハダカで無防備な世界だから都内某所には有名人向けだけの宣伝しないプールがあると推測される。別に石原氏や小百合さんのようなかっこよさに憧憬もないが、驚くのはその健康維持への自己コントロールと気力である。泳ぐ距離が半端でない。私など50mでふーとなる。フルタイムの頃、せめて週1日プラスで自由時間があればと思ったものだ。いまそのありがたみがうすれている。なんと無駄な?時間を過ごしていることか。昔と違うのはわずらわしい人間関係がないこと、選別してフィルターで残った人にだけ会えばすむこと。これは贅沢といえば贅沢である。

2年も前から事務所で設置しているネットでの大容量ファイルの交換が利用されない。そんなに難しいのかな?といささかがっくり。どのパソコンにもついているメモリ挿しこみ口はUSBである。USBによる物理的受け渡しが一般化した。私がワーク&ライフでフルに使うのはSDカード。1GBで3000円台、1年で半額以下めざましい価格ダウンである。動画が鮮明に出るSDカード高級タイプに興味があるがまだ試していない。テレビ録画(HDD)をネットに載せるため、DVDレコーダーからTV動画をSDカードを使ってPCに移す方法。・・・まず余裕をもって1GBのSDカードを準備し、DVDレコーダーでフォーマットする。SD動画(MPEG4)→SDカードフォーマット。ダビング方向、HDD→SDカード。MPEG2→4変換。これでDVD-RAMを1枚ファイナライズ(再生専用)でつぶさなくてすむ。おっと?もっと直接にDVDレコーダーからPCにDV端子でつなぐ手がある?各種デジタル機器インターフェース多々は宝の持ちぐされ。

備忘録:6月5日(火)区立弓道場で初心者和弓教室6回シリーズ第1回(2時間)。4000円+施設利用料毎回310円。生徒18人に先生9人の手取り手取り。特に姿勢を指導された。6月6日(水)飲ん方(京急、生麦駅近く)でさっかぶい(久しぶり)にビールを口にした。・・・いずれもサイバースペース(電脳空間)に傾斜しがちな私の現実生活へのゆり戻し、アナログ補正である。

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2007年6月 4日 (月)

昇進ためらう女性

子育てとの両立や責任が重くなることへの不安から「できれば遠慮したい」と考える女性が少なくないという(日経夕刊、5月28日)。4割強の管理職になりたくない理由は、多い方から①長時間働きたくない②責任を負いたくない③部下を持ちたくない④見合った収入が得られない⑤一人でやるのが好き⑤他部門と調整したくない⑥管理職は格好良くない。・・・自信をつけたキャリアウーマンと処遇への逡巡。Ayako070521nantaisan そもそも管理とは何を管理するのだろう。目標進捗?役割分担?お金?「部下の管理」なら監督されないと怠けるという前提がおかしい。他部門との調整は合意形成や事前根回しだろうが、男の力わざがいるのは仕組みに問題があるから。

責任者という呼称も正確でない。方針が誤まり的確な指導がなくて部下のがんばりが全体成果に結びつかなかった場合。長がそれらしい責任をとることはない。悠々たる配転後、役所も同じ、法的責任はない。責任とは何だろう。辞表をだすこと?給料を返上?私財を投げ出す?・・・まあまあそうかたいこと言わんと・・・アタマを下げれば終わりのいい加減な話である。朝から晩まで会社に長くいても成果にはならないのは証明済み。役職を会社拘束度の強さと定義すれば、制度疲労のきた組織では諸悪の根源になりかねない。

シニアになってごちゃごちゃした人間関係に入り込むのはもう結構、という気持ちが強い。なんで今さら使われにゃならんの?なんで今さら気をつかわにゃならんの?能力、適性、意欲、できれば人格までまとまった上司や部下、同僚と仕事できている人は幸せである。「アホな上司とヘンな部下」はよくある組み合わせ。私自身があるときはアホな上司でありあるときはヘンな部下だった。集団には、おのずからなるリーダーシップや人心の寄るところ、がある。IT時代に「管理」は様変わりした。中間層は中抜きされ経営トップは市場選別される。専門力のある女性方が役職以外の場で存在感を発揮するのはひとつの方向である。昇進はためらっても正当な昇給は遠慮することはない。

5月29日(火)地図更新のためメーカーに宅急便で送っていたカーナビが返却された。テストもかねてドライブ。車への取付け、取外しは慣れないので不安だったがワンタッチ。去年までファックスで申込とかなんとかややこしかったが今年はオンライン(21000円)ですんなり。宅配業者にはハダカで渡せば精密機器梱包一式をやってくれる。以前からあるパソコンの修理スタイル(メーカーダイレクト)である。黄砂で車が汚れていたので洗車(600円)。地図は色がうすくなっていた。6時発で9時前に茨城の大洗海岸に着いた。いつか・・・笠間、益子の陶芸を見たあと、東へ走って海の見える宿で泊まりたい、その下見。かんぽの宿が太平洋に面して大洗といわき、2軒あるのがわかった。

備忘録:5月29日(火)帰宅してパソコンをつけたらXPマシン、Vistaマシンともインターナットにつながらない。「IPアドレス更新」をやってもだめ。ありゃ?DHCPのやり直し、また本を読みながら、半日かかるかなあ?と宿題提起にへんな充実感も。待てよ、と無線親機兼ルーターの電源を抜いて入れたらつながった。なんじゃこりゃ?この手の電源入り切り、リセットボタンによる「トラブルたちまち解決」・・・は原因、対策とも闇の中である。写真は友人のネットアルバム掲載から借用(5月21日、日光男体山 対岸に見て千手浜)、クリックで拡大。転用不可。

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2007年6月 1日 (金)

集団的自衛権

週2回、おおむね(月)(木)更新に頻度アップ。懸案のブログデザインを変更した。テンプレート(提供デザイン)ではしっくりこない。背景にこり過ぎ、装飾過多である。ココログ(nifty)もブログ人(OCN)も同じ。文章や写真が圧される、埋没する。タイトルのバックに桜島。写真を横幅900ピクセル、高さ80ピクセルにカット(トリミング)、その上に文字を入れた。もっと鮮明な写真もいいだろうが、逆にトップが目立ちすぎるキライがある。ぼんやりした遠望でよかろう。統一感のためにサYakusikamiyaイドの時計や文字もうすいブルー系にした。「上級テンプレートへ変換」して、左右の最新記事とコメントを全数表示に。タイトル背景は飽きたら変更する。当面・・・祈りの対象はわがふるさとの象徴である。(お笑いめさるな、果てしない自己満足の世界

配布された東京新聞のネット記事。憲法の拡大解釈にも抵触する集団的自衛権の4類型とは・・・(1)米国を狙った第三国の弾道ミサイルを、ミサイル防衛システム(MD)で迎撃 (2)公開上で自衛官と並走中の米艦船が攻撃された場合の反撃 (3)多国籍軍への後方支援 (4)国連平和維持活動(PKO)で、任務遂行への妨害を排除するための武器使用。有識者に議論させ、法制局の違憲判断を変えさせる計画のようだ。懇談会委員は安部首相サイドで選別され初めに結論ありき。米軍との共同作戦が前提で友軍が攻撃されるのを黙ってみておれるか、そんな違憲論はおかしいという情緒に訴える。平和憲法とずれてしまった「時代」や「現実」はこの60年で進歩し新しくなったのか。イラク、イスラエルなどの戦闘地帯の現実は憎悪の連鎖、暴力の応酬。人類の後退である。

5月28日(月)松岡利勝農相の自殺について、所感を書かずにおれない。数々の疑惑があった。説明がつかないあからさまなウソ答弁。松岡氏は責任をとって大臣を辞めたかったと思う。しかし国会対策上、ほんとのことを言うなと口封じされた。辞職を認めたり更迭すれば内閣支持率が低下するので安部首相は松岡氏をかばった。このかばう、弁護はくせものである。内心では失態を責めながら形だけかばうというむち打ち刑。職を投げ出すこともできない松岡氏は追い込まれ、苦悶の日々、針のむしろ、自死で解放された。野党やマスコミの追及ならいかようにでも身の処し方があった。身内に殺された。ご家族にはやりばのない怒りがあると思う。安部首相が「有能な農水相だっただけに、政権への影響は大きい」と語り、後任をすぐ決めなかったのは死者への配慮であり世論対策である。

写真は友人がうちわのフォトアルバムに載せた写真(屋久鹿)を借用。クリック拡大を横幅640ピクセルに圧縮した(オリジナルは横2048 ピクセル)。転用不可。こちらは・・・感謝したりひやかしたり持ち上げたりお世話になったり・・・利害関係を超越したほのぼの仲間である。

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