2007年8月19日 (日)

来し方といま

3年ぶりの中学同窓会は社会の縮図をみるように多彩である。200名中37名が参加。AはJRに勤めていまは嘱託でフルタイム、朝起きのために30年間目覚まし時計を4個まくらもとに置いた。寝過ごSoginotakireikoしたらクビという厳しさ。Bはバス運転手、帰省シーズンで大忙しで盛り上がった宴席にかけつけた。一筋の道をきわめた渋い男達。C子は20歳年長、再婚の夫を看取ってなお負の遺産と家族をささえる。D子は難病の夫のつきそいで二次会だけ参加、声量たっぷりに本格熱唱。Eは友達の逝去に電話をかけまくって香典を集め葬儀に参列、恩師の米寿祝にも電話をかけまくって人数を集めた。むかしのわいこっぼ(悪童)ほど友誼に厚い。当時の「びんた(頭)がよか」「べんきょ(勉強)がでけた」「受験進学偏りによる疎外」は禍根ある分別である。

メーリングリストがない、対面がすべて。それぞれの「来し方といま」をじっくり聴く貴重な機会だが8時間は夢中に過ぎる。この席に来ているのは「起伏いろいろあっても」「いま前向きに肯定」しているから。オーヘンリーや藤沢周平の描く市井の人情物語。高級ワイン、ピアノ名曲の味わい。酔いがまわる二次会ともなれば男なら肩を抱く、女なら髪をかきなでる、「よくぞ・・・生き抜いて」、「よくぞ・・・来てくれて」のいとおしさ。元生徒会長は、住所不明の友人達にも目配りをすべきだろう。連絡不可には更にふかい事情があるはず。残念ながらそこまでの余力がない。設営は地元組におんぶにだっこ。日常つきあっていれば軋轢もあるかも。遠来組はエキスだけをすくう贅沢。二人から翌日もお話したい、の声をかけられた。別用があって2年後の秋に。写真は仲間ネットアルバム掲載の曾木の滝を借用して横長にトリミング。

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コメント

それぞれの進路は違っても重ねた歳月だけが共通。歳月のいとおしさとでもいいましょうか。共に老いゆく夫婦でも似たようなものかな。

投稿: 会者定離 | 2007年8月23日 (木) 06時29分

人生は過去も幻、未来も幻想、「今」しか無いように思えます。
だからこそ、不思議な人生の縁は貴重です。
一瞬でも「中学時代」に戻れる時があるのはいいですね。
「生徒会長」...でしたか。まぼろし...

投稿: 諸行無常 | 2007年8月22日 (水) 22時51分

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