迷い道
脳卒中で倒れてリハビリ8箇月。その友人をお見舞いするタイミングを考えていた。ご主人からハガキで電話で「妻を見舞ってほしい」「顔を見にきてやって下さい」と頼まれた。女性の気持ちとしてどうなんだろうと逡巡がある。猛暑の続く8月16日(木)行動した。前日から準備した写真3枚配置パワーポイント→PDFをSDカードに、集まりの編集動画をCD-Rに、路線、駅やめざす老健施設をネットプリント。3キロ強のパソコンを含めてリュックに背負う。虎ノ門の大型文具屋でPDF印刷。劣化した自宅プリンタでは写真にスジが入る。虎ノ門→渋谷→溝の口→(バス)川崎市高津区新作。渋谷で東急田園都市線に乗るのに迷う。
東急溝の口、JR武蔵溝の口の両駅は隣接。なにか冷菓でも買おうとするがデパートに行きつかない。地元商店街に放火で焼けたので復興募金をお願いしますと貼り紙。食品スーパーを見つけてなんとか購入。向こうに丸井がありますよという。ご主人に2日前に電話し彼女の様子と最寄りのバス停を聞いた。バスに乗るのに駅の南北を歩きまわる。ようやく乗って新作で降りる。徒歩2分、すぐにわかる予定がわからない。地元の二人に聞くが首をかしげるばかり。印刷地図を見ると電話がない。104に電話すると登録がない。熱波で顔が焼け汗がふき出す。まいったなあ、もう一度溝の口駅までもどってタクシーで探そうかと思った。それとも今日はギブアップ。
彼女は待っているだろう。交番があるらしいもと来た方へ道路沿いを歩いていた。右側に高津区福祉センターの建物を見つけた。ほっ、ここならわかる。親切に教えてもらってまた新作バス停へ。右へ坂道をあえぎながら10分も歩いたが見当たらない。おばさんに聞いたら、道筋が違います、もう一度バス停にもどって寿司屋の隣の道を行ってくださいとのこと。結局、自宅からすんなり行けば1時間半のところを、溝の口駅周辺をうろうろ40分、バス停周辺をうろうろ40分迷い道。3時間半かかって着いた。老健施設は数年前にできたひろびろ近代的な建物。
3階の部屋に行くとご主人がベッドの横におられた。予想どおり年下の男前、電話の声より明るい方。常勤だが今日から休みとのこと。車いす移動に介護がいるので私としては助かった。廊下の奥の窓ぎわの椅子に腰を下ろす。左目、右半身が麻痺。聞き取りはできるが言語障害がある。「こんな体になってしまって・・・」を2回、「あなたは元気ねえ・・・」を2回。「2度も来ていただいて・・・」を2回。転院3回倒れた最初の病院に見舞った時は意識はなかった。「・・・よくなりますかねえ?」と不安げ。私は同じ脳溢血で5年のリハビリから回復した友人(女性)の話をした。
ご主人が病室から左手で描いている絵と元気な時からの色鉛筆画帳を持ってこられた。花や自画像、ご主人を描いた絵。「・・・いいですねえ」と写真を2枚撮らせてもらった。それを彼女はややいやがり(はずかしがり)ご主人はかまわないじゃないか、と画帳を広げて下さった。やりとりでお二人の関係がわかる。うっかりだが、持参したPDF(A4)の写真をさし出したら見れないという。左眼麻痺で焦点が定まらないのだ。拡大鏡では見れる。テレビはどうですかと聞いたら遠くから見れるとのことで、パソコンを取り出して途中トイレで中座してもどった二人に披露した(4分)。横幅640ピクセルで映像がわかるらしい。にこにこ楽しんでもらってよかった。パンフ、写真、CD-Rを置いた。
4時半からリハビリタイムとかで1時間いて失礼した。ご主人が玄関の外まで見送って下さった。高齢夫婦のいたわり合い、介護施設事情、友人関係、そのあり方をあれこれ考えさせられる1日。下手な本、映画、講演より事実のなまなましい迫力が圧倒的である。ゲーテを読まなくても「女人の永遠なるもの」を実感する。同病の経験がないので本人の落ち込みも家族の疲労も遠くから拝察するのみ。今回の訪問が彼女の気持ちにそうものであったかどうか。自信はないがまずは会ってみないといつまでも気をもむばかり。炎天下の迷い道だが、意識がもどってから初めてのお見舞いを終えた充実感。いましばらくの?自己の健康体を惜しむように夜はプールで汗を流した。
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コメント
離れていても、うるわしきご夫婦の放射にあたり続けるでしょう。次回は色鉛筆画の題材として造花を持参するつもりです。
投稿: 飼い猫 | 2007年8月19日 (日) 23時48分
よく決心し実行されたと思います。思い立ったら先ず行動するのが現在の我々の心構えであるべきです。自意識過剰なんていう時代は過去のことです。身心脱落。これは私が最近覚えた言葉で、ある辞書の定義は次の通りです。「身も心も一切の束縛から解放されて絶対的な自由を獲得すること」
投稿: 捨て猫 | 2007年8月18日 (土) 21時59分