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2007年10月31日 (水)

掃除

5年前NOVAに通った。1年間、週1、2回、1年間、生徒5人マックスで各40分。運動と同じだから間をあけないほうがいいとスタッフがアドバイス。いきなりネイティブと英語でしゃべるのは緊張したが通じたときはうれしかった。単語をならべただけでも向こうがなんとか聞きとろうとしてくれるのは、外国人のたどたどしい日本語の意味をつかもうとするのと同じ。最初からハンディを認めあう、一生懸命の発音が「お上手ですね」とにっこりをさそう。ドミニカ出身のスペインなまりの英語にはまいった。JR水道橋近くの教室で、スピーキングやリスニングを診断されステップが上がる。しつっこく「継続」をすすめられるのにうんざりしたが、熱心と解釈できないこともない。講師、事務員とも費用に見あってきちんとしていたと思う。

当時からうさんくさいな、と感じていたのは2点。しきった狭いレッスンコーナー。椅子を動かしたりして床を見ると、ゴミがあった。もう何年も掃除していないんじゃないかと思うほど隅が汚れていた。職場の掃除はマネージャー、経営者のマインドである。別に掃除会社に頼まなくても、オープン前に定例的に全員でやれば5分で終わる。フロア、机上、窓際などに「職場長」の心意気としてのクリーンがほしい。費用やコスト増とは無関係。もう1点のうさんくさいはテレビ宣伝である。「教育」は宣伝するものではないのではなかろうか。口コミで教室のよさが広がるのが自然。高額なCMは受講料からまかなうしかない。それも品のわるいCM。さて、わが家、わが部屋、机まわりの整理整頓、ホコリの除去はどうだったっけ?(汗)。

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2007年10月29日 (月)

ちょっとレトロな神保町

神保町で降りたら「すずらん通り」が古本の青空市になっている。どこもかしこも店が出て秋の「神田古本まつり」とわかった。ここでぶらぶらする071023aときめた。秋空のさわやかな空気。新宿など繁華街のようにうるさくない。六本木ヒルズなど再開発エリアのようにせわしくない。すぐ近くまで高層ビルやマンションがせまってきたがまだふるきよき東京のたたずまいを残す街角である。喫茶やレストランの名店紹介 も山ほどあるが自力探しにこだわる。時間たっぷり半日ぐらいのぞいて歩いたら楽しいだろうな。カミさんは内田某のサスペンス文庫を買ったが私はなにも買わなかった。

本は実用書を必要最低限しか読まないひとが多数派。読書以外にもっと楽しいことがあるのに無理することもなかろう。私は本好きではないがキライではない。目の前に新聞や本があればすっと手がのびてめくる習性がある。A4の1枚程度の文字量なら読まなくでも数秒、画像として大意をつかむ。ゴルフや勝負事のようにメンバーがそろわなくても一人で楽しめる趣味のひとつが読書である。通りで「古本チャリティーオークション」、永井荷風など著名作家の全集が二束三文で叩き売られる。インターネットの衝撃波で全集、辞書、百科事典が青息吐息である。天蕎麦の昼食、途中で喫茶、歩きつかれて早め(3時半ごろ)の夕食=炒飯+ラーメン+餃子2個+生ビール小。

備忘録:写真は旧古河庭園にて。10月28日(日)午前2時間、福田内閣の経済政策の報告とディスカッション。現場の意見のなかで女性の視点は生活実感なので視野の広狭かんけいなく参考になる。午後、神田駿河台のスポーツ店で山用の防水ウェア(レインスーツ)を探した。どの店も9月にウィンター商品に変更、置いてない。やっと石井スポーツ本店で見つけた。店員さんが商品の特長、洗い方まで細かく説明してくれた。GORE-TEX、27400円の5%引き(実はこれ雨の日の自転車たいさく)。

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2007年10月25日 (木)

赤福・食べたい

伊勢名物「赤福」が連日テレビに映る。画像が大写しで鮮明、いかにおいしそうだ。私は甘いものにめがない。赤福餅5個にお茶か牛乳でもあれば一食になる。製造して冷凍保存、出荷日を製造日と表示、売れ残りのあんこと餅を分けて子会社で再利用販売していた。無添加が売りだったが冬場は餅が固くなるのを防ぐため添加物を混ぜていた。Akafuku01食品衛生法違反、JAS法(食品品質表示)違反で無期限営業停止。 何十年も前から会社ぐるみで行われていたが食中毒事件はない。みんなが喜んで?偽装物を食べて幸せだった。

私は食にとんちゃくしない。美味、美食にこだわらない。冷蔵庫の賞味期限切れも数日なら「処理」は私の役目。家族は顔をしかめる。ちょっと過敏じゃないか。赤福の製造作業者は売れ残りを捨てるのは「もったいない」と思ったという。まったく同感である。ゴミ箱の食品もあされない世界の飢餓。「もったいない」でなにが悪い?コンビニの昼食時間、弁当購入の列ができる。賞味期限切れの豪華弁当は「非情にも」肥料にリサイクルされる。鈍感力の私なら冷蔵庫保存、翌日でも食べられる(はず)。ほんとにもったいない。「少々味は落ちるかもしれませんがまだ食べられます」という断り書き、7割引きを置いてもらうと私のニーズにぴったり(笑)。

やはり、看板「作りたてに偽りあり、包装紙表示の詐欺は悪である。厳格な法律が安全な食を担保してくれる。創業300年の老舗赤福の従業員の皆さんは勤務先に誇りを持っていた。それとも事情を前から知っていてうしろめたかったか。今回も内部告発による露見だろうが勇気ある社員がいたものだ。他にも臭いものにフタの製品、役所、サービスは多いはず。「うしろめたい」のかばい合いはいずれ全員の破滅。防衛省守屋前次官の倫理規程違反も知っている人は前から知っていた。ああ、赤福を食べたい。赤福のホームページを見たらお詫びだけでなにもない。写真はニュースサイトで借用。

備忘録:10月23日(火)二人散歩。JR京浜東北線「上中里」駅発→旧古河庭園(バラ咲く)→六義園(りくぎえん)でコンビニおにぎり昼食→JR巣鴨駅→商店街を歩く→地下鉄三田線西巣鴨駅。13000歩。10月24日(水)午後「サイボウズ10周年記念イベント」を見学。お台場の日本未来館7階。事務所のグループウェアの使い方として、行事、設備管理のサイボウズ、メール、ファイル管理、それぞれの専門ソフトと組み合わせ、「うちはこれでいいんだ」と納得した。

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2007年10月21日 (日)

発言しはじめた官僚たち

省庁キャリア組、課長クラスの「前もってメールで資料を配って、会議では説明に前段の時間を取られることなくすぐに議論をしよう」という趣旨の発言を聞いて、えーっと思ったものだ。民間の先進職場ではそんなの10年も前から当たり前、(金)配信の報告事項に関して(土)(日)で既に議論が白熱、(月)会議では決定だけ。課長氏の言質を取るつもりはないし、メール会議にも弊害はあるが、国民(消費者)目線での仕事、効率IT化で「民高官低」が実態である。霞が関の職場には机のまわりに資料が山積み、重要書類がよくなくならないものだと不思議。

最終目標だった事務次官の業界との癒着、またまた不祥事露見である。諸悪の社会保険庁を管轄する厚生労働省。根深い実態があり内部告発があるまで糊塗されていた。部署の長(ライン)であるか外れるかに関係なく定年まで勤務するのが当たり前。55歳を前に続々と退職し以後70歳までの転職互助会があり各省の指定ポストをバトンタッチ式にまわしてゆく。腰かけはプロパーに歓迎されない。警察や防衛省が体力第一、年齢制限なのはわかるが、なぜ常識が通らないのだろう。行政官、政策エキスパート活躍の場は「指定ポスト」でなくてもあるのではなかろうか。

ここでキャリア弁護をするつもりはないが、役所と一緒に仕事をした民間人なら議論が錯綜した段階で提出される「ペーパー(論点整理)」の情報の豊富さ、視野の広さに感嘆すると思う。さすが国家政策の専門家である。緻密さとまじめは暗いとみなされマスコミと世間から一律のバッシング。局長クラスから急に給料が上がってその後「役得とうまみ」のある生活が保障されるのでなく、若い時期から仕事の濃度に比較して民間より低いのなら正当に改善されるべきである。制度が個人力を劣化させる。

役人は個人として発言せず、政策が失敗しても個人としての責任はとらない。どぶに捨てた税金は多々。民間で失敗すれば、干される、降格、退職、が普通である。その役所にある変化が起きていることを感知する。手元に中堅幹部3名の論文がある。いずれも実名公表、個人的見解にこだわった力作。学生時代から成績トップクラス、趣味も半端でない。「おれたちにも言わせてくれ」があっておかしくない。それともだんまりで嵐が過ぎるのを待つのが得策?か。志ある現役、OB官僚の皆さんにブログをすすめたい。匿名、公開範囲は自由自在。自己コントロールできるマスコミである。

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2007年10月18日 (木)

学歴という亡霊

外資ファンドの敵対的買収から企業を守った女性経営者63歳の記事を読んだ。小さな紹介欄に凸凹短大卒とある。えーっと思ったものだ。百戦錬磨の職業経験を積みリーダーとして活躍中の63歳になぜ40年以上も前の学歴記載が必要なの?(本人の希望?)なんか関係あるの?学歴は正確には「学校・校舎歴」である。学部にふさわ071013c しくまじめに学んだ人は専門知識の保有者になる。その専門知識が他の幸福のためにも役立つのなら尊敬も受ける。もっぱら「遊歴」もある。いま実験設備が必要な学問以外はインターネットの知の森で代替できると言われる。大学(校舎)不要論。最先端の論文はネットで配信され世界の学者が瞬時に共有する。

学校制度は明治になってできた。民百姓の子供でも経済条件が許せば高学歴と立身出世を手にするチャンスがあった。学歴信仰は人為的なものである。卒業後のながい実学、学ぶ意欲の差で「形式知としての学歴」は紙くずにもなるし動機付けにもなる。連日高学歴ヤカラの不祥事、犯罪の多さよ。不合理であれば簡単に壊せると思うがなかなか壊れない。少子化、受験競争、その後の名刺、履歴書社会で親にも子にも意識の底にヘドロのようにたまる。たたき上げの成功者が娘婿に高学歴を迎えたり、息子の嫁の学歴をなんとなく気にしたり、悪臭は根深い。そんなものは人間の価値とは関係ないとすぐに明白になるのだがとっかかりにガクレキという亡霊がさまよう。

私の地元ではバランスのとれた優等生が行く伝統ある名門実業高校があった。いまにも倒産しそうな駅弁大学でも固有名詞で書き、高校名は野球以外は固有名詞が出ない。マスコミの扱いを含めて不思議な現象は21世紀も続いている。高学歴を卑下したり低学歴を自慢するのもこだわりの変形。学歴無用論もまたしかり。いずれも自然体でない。プロフィールでどうしても必要なら「○△卒(または中退)です」と出身県やふるさと自慢のようにあっけらかんと披露する雰囲気にならないものだろうか。女性の年齢や生年記載もしばしば本人希望で隠す。加齢や長寿は本音も建前も幸運と感謝と誇りでありたい。

備忘録:前回記事の湖は奥日光の湯の湖。上はそこから流れる出る湯滝を上からながめたもの。タテに撮った写真を横幅480ピクセルにすると比率固定でタテは640ピクセルになる。クリック拡大で上下がPC画面からはみでる?課題は自覚。
PCサポートが自宅訪問でできない場合、ノートPCをネットにどうやってつなぐか、電源の確保が問題である。HOTSPOTはNTTコミュニケーションズの無線LANサービス。10月17日(水)秋葉原、有楽町のPRONT(喫茶店)をまわり、最終芝大門近くのプリンスホテルパークタワー地下2階レストランで可能とわかった。下見をし1日限りのID、PW券をレジで購入(500円)。ほっとした。

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2007年10月15日 (月)

那須高原の宿

10月12日(金)那須の宿を予約してドライブ。せめて月1回は車を動かさないと保険、車庫代のもとがとれない。カミさんの趣味につきあい私も071012a適度の気分転換。2日間はキーボードを離れる貴重なアナログ回帰である。1日目に塩原温泉に行く。前回車窓から見る渓谷沿いの遊歩道に引かれるものがあって再探索。ひとりで川沿いに歩いてみた。露天風呂が2箇所あって混浴。滝、岩、自然研究路、通しての道ではないが多彩である。いつか至福の数日を持てるとしたら、河畔の温泉宿に泊まって早朝から各コースを上り下りしたい。そして質素な山菜料理とビール1本+地元のグラスワイン、ネットにつながったノートPCが手元にある、それで十分だろうなと思った。

おなじみになった道の駅「アグリパル塩原」に寄る。宿はどこかの会社の保養所転用と071013aいった趣きで、建物は古い。木造らしく廊下はぎしぎしゆれた。迎える側は料理人と接客係だけ、客は老夫婦2組。一人7000円、二食付。夜もこうこうと電灯がついて採算が心配になる。平素の食事が貧しいのでイワナの塩焼きなどあれこれ並ぶと豪華で満足、夕朝食ともご飯のお代わりをして満腹。2キロ増の危険ライン。掃除がすみずみまでゆきとどいて温泉は硫黄の匂いのするほんまもの。ぜいたくぜいたく。夜は布団をかぶらないといけないほど冷えた。持ち込んだ英会話、中国語会話のテキスト、CDは結局ほとんど聴かなかった。

13日(土)は那須ICから高速で移動。着地を沼田ICにして第2イロハ坂、中禅寺湖、丸沼高原スキー場(日光白根山ロープウェー)、片品村071013d_2、尾瀬の拠点戸倉をまわった。戸倉は池袋からの深夜バスが朝4時半に着く場所。10月14日(日)から鳩待峠、大清水まで車乗り入れ可とのこと。戸倉は自宅から3時間だから朝6時に出て10時ごろ尾瀬に入り4時ごろまでに戸倉に帰る、というカミさんをあっしーくんにする来年の勝手な構想。丸沼高原スキー場の店でトイレにカメラを忘れた。500メートルぐらい走ったところで気づいてUターン。幸い善良なる市民がレジに預けて下さっていた(冷や汗)。おかげで久しぶりの自前写真となった。

備忘録;10月4日(金)内科、漢方薬処方。

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2007年10月11日 (木)

リンクされたくない

(写真は仲間内ネットアルバムから借用、天草大江教会。1913年鉄川与助により建造との解説あり。原画を横幅400ピクセルに圧縮、二次転用はできません。)Miyaooe

地域発信を集めているサイトからメールがあって私のHP「賀茂川の風にさそわれて」が迷子になった(リンク切れ)ので新しいアドレス(URL)を連絡してほしいとのこと。昨年6月ブログ消滅に連動してHPも消滅した。幸いこちらはローカル(自分のPC)にファイルが残っているので引越した。リンクしていただいているいくつかは思いうかぶが引越し案内はどこにも出していない。ほっておいたら2回目のメールがきた。せっかくのお申し出ながら気が進まない理由は2つ。1は(カテゴリ)シニアライフ(個人)の分類、2は登録画面でなんやかやと個人情報を記入しなければならない設定だから。

京都の街中に10年住んだ。自転車で露地のすみずみまでまわった。「賀茂川・・・」の分類として「地域発信型」に異存はない。だが中味は京都観光ガイドではない。はるかにきれいな写真のもっとうんちくを傾けた個人サイトがごまんとある。私のオリジナリティはそこにはない。会社の制度疲労は20年も続いた。政官財トライアングルの腐敗構造。「語りたい、伝えたい、叫びたい」多くのことで体内が鬱屈していた。ITという武器を得て組織に風穴をあける個人の気概、闘争宣言である。京都は単なる背景色、テーマと文章こそ真剣勝負。余技、どうでもよくはない。揶揄?に「なんにもわかってないな」と思ったものである。

それに続き現在のブログ、あしかけ12年。拘束がなくなって局面においてはいまの方が多忙である。自由時間にやりたいことが多すぎる。有限を自覚するから。人間関係の煩わしさから解放されたぶん、仕事の中味は濃くなっているのではなかろうか。職場、学校、地域につながるネットコミュニティの多層的仕掛け、もくろんでいるのは「官民のゆさぶり」である。お遊びではない。スローどころか逆にいそがしくにぎやかになったブログ作者は多いことだろう。コミカル表現にも地のシリアスをかいまみる。スローは大組織安住者、既得権派である。

10月8日(月)藤沢で早めの誕生祝、いつもの回転寿司へ。混むので5時前入店。3人満腹満足。復帰1箇月、朝に祈り夕べに感謝。10月9日(火)雨の中を自転車で、午前中国語講座の番外、餃子を作る。小麦粉だけで皮を自作。具は豚肉、きうり、ねぎ、しょうが、ごま油など。にんにくやキャベツは入れない。水餃子でちょっとダンゴっぽかったが(笑)まあまあの味。夜はコンピュータ理論学習6回目で最終、キーボード操作がまったくない充実感。10月10日(水)午前虎ノ門で2時間勤務、午後日経ホールでテレワークセミナー(講演3つ、パネルディスカッション)、夜は有楽町でPCサポート。

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2007年10月 8日 (月)

うさんくさいやつ

パーティ会場に入る。乾杯前から飲んでいいのはありがたい。・・・あ、あのひとも来てる。ひさしぶり。・・・ここまでは同じ。近づいて「おーっ。お元気ですか。いまなにしてます?」としばし話こむのは2、3人。できれば距離をちぢめたくない、目線があいませんように、挨拶なしで会場を出たい、もある。先方も「うさんくさいやつ」として私に気づいているのがわかる。その距離キープ20メートル。料理を取りにいく動きで5メートルにもなると磁石の陰極どうしみたいに離れる。

過去の人間関係はアルコールの席でも修復できない。いまさらお愛想のひとつも言い自分をいつわって話を合わせたくないのである。完成品メーカーの中で非完成品のPCは異質、うさんくさい事業。ものづくり、販売手法、サービスのビジネスモデルがまるで違う。デジタルネットワークは自分で使いこまないと本質がわからない。団体バス、早期退職もせずうさんくさい外の会議に首をつっこんでいた私など斜めに見られていた(と思う)。あいつなにをこだわっとんねん? 

「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや(えんじゃくいずくんぞこうこくのこころざしをしらんや)」は傲慢だが、ひそかに切歯扼腕した。いつ撤退かわからない弱小商品を担当してくさらず、実力のわりには評価が低く、几帳面な仕事師はどの部門にもいた。懐かしさが抜けない、たまには会いたいのはそんな人たち。いつまでも距離をおきたいのはその逆である。比較的要領のいいサラリーマンだった自分のことは棚におく。疎遠な関係もまた別な刺激を与えてくれる(記事ネタ)。

備忘録:10月4日(木) CEATEC JAPAN 2007見学(幕張)。10月6日(土)藤沢へ。連休に「100年の数学難問 ポアンカレ予想が証明された。1時間50分。」(10月1日BShi録画)を分割しながら観た。

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2007年10月 4日 (木)

セカンドライフ

(写真は仲間内ネットアルバムから転載。最近、自分の写真より他人の写真に感服することしきり。「美はあまねく共有されるべきである」という勝手な理屈、友人のよしみで借用している。但し、撮影者の了解なしに、これ以上の転用はできません。)

セカンドライフといっても第二の人生や別荘のことではない。10月2日(火)午後からセカンドライフ「ネット仮想世界におけるビジネスの可能性を探る」を受講(大手町日経ホール)。申込の選には漏れていたがキャンセル待ちMiyamisakiunaで入れるはずと行ったらすっと入れた。ながく座ると腰が痛いので途中から会場の外に出てモニターテレビで聴いた。「アバター」(ネット空間に創った分身)などゲームをやってれば普通の用語が飛びかう。途中で眠ったが講演もパネルディスカッションもおもしろかった。マニアックでなく社会全体をふまえた大人の議論である。通貨や土地売買などいきなりビジネスでなくもっと多数を遊ばせる工夫が先ではないか。私の関心は障がい者、弱者、高齢者、ハンディのある人々の居場所、活動の拠点としてセカンドライフが役立つのではないか、である。その点についてもきっちり時間をとって可能性を探った。ブログ、SNSと進んできていまセカンドライフが脚光をあびる。メールと違って時間の同時性が課題とか。

次に安倍前首相のセカンドライフ(従来の意味で)。辞意の真相はやはり体調不良、病気だった、とご本人が釈明した。政治的風圧に繊細な神経が耐えられなかったのである。あのまま代表質問の質疑応答につっこんいたら壇上で答弁不能、倒れる事態も予想された。そこまで追いつめられていたから安倍さんは「最悪のタイミング」を覚悟で辞意表明した。本人だけが知る「もっと最悪の一歩手前」でかろうじて対面を保ったのである。安倍さんにお坊ちゃん揶揄がある。考えてみるに飽食の時代「うちの子もおたくの子もお坊ちゃん」、与野党、世の中お坊ちゃん、お穣ちゃんだらけである。60歳前後の親達が子供には苦労させたくないとがんばった結果。お坊ちゃんでなにがわるい。さりながら祖父、父親から相続の地盤、看板、かばん(金)、+家庭教師、安倍さんは典型的な既得権家族である。自分は安全地帯に居て他に「格差を固定しない、再チャレンジ」を語るおかしさ。

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