発言しはじめた官僚たち
省庁キャリア組、課長クラスの「前もってメールで資料を配って、会議では説明に前段の時間を取られることなくすぐに議論をしよう」という趣旨の発言を聞いて、えーっと思ったものだ。民間の先進職場ではそんなの10年も前から当たり前、(金)配信の報告事項に関して(土)(日)で既に議論が白熱、(月)会議では決定だけ。課長氏の言質を取るつもりはないし、メール会議にも弊害はあるが、国民(消費者)目線での仕事、効率IT化で「民高官低」が実態である。霞が関の職場には机のまわりに資料が山積み、重要書類がよくなくならないものだと不思議。
最終目標だった事務次官の業界との癒着、またまた不祥事露見である。諸悪の社会保険庁を管轄する厚生労働省。根深い実態があり内部告発があるまで糊塗されていた。部署の長(ライン)であるか外れるかに関係なく定年まで勤務するのが当たり前。55歳を前に続々と退職し以後70歳までの転職互助会があり各省の指定ポストをバトンタッチ式にまわしてゆく。腰かけはプロパーに歓迎されない。警察や防衛省が体力第一、年齢制限なのはわかるが、なぜ常識が通らないのだろう。行政官、政策エキスパート活躍の場は「指定ポスト」でなくてもあるのではなかろうか。
ここでキャリア弁護をするつもりはないが、役所と一緒に仕事をした民間人なら議論が錯綜した段階で提出される「ペーパー(論点整理)」の情報の豊富さ、視野の広さに感嘆すると思う。さすが国家政策の専門家である。緻密さとまじめは暗いとみなされマスコミと世間から一律のバッシング。局長クラスから急に給料が上がってその後「役得とうまみ」のある生活が保障されるのでなく、若い時期から仕事の濃度に比較して民間より低いのなら正当に改善されるべきである。制度が個人力を劣化させる。
役人は個人として発言せず、政策が失敗しても個人としての責任はとらない。どぶに捨てた税金は多々。民間で失敗すれば、干される、降格、退職、が普通である。その役所にある変化が起きていることを感知する。手元に中堅幹部3名の論文がある。いずれも実名公表、個人的見解にこだわった力作。学生時代から成績トップクラス、趣味も半端でない。「おれたちにも言わせてくれ」があっておかしくない。それともだんまりで嵐が過ぎるのを待つのが得策?か。志ある現役、OB官僚の皆さんにブログをすすめたい。匿名、公開範囲は自由自在。自己コントロールできるマスコミである。
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コメント
真剣な話題は顔面こわばるほどド真剣に、バカ話はとことんバカに徹して…メリハリが大事なんでしょうね。いま企業人生活をふりかえるに、本質のよくわかった寡黙な技術者や実務家を見のがしていました。多弁、多文字、パフォーマンスもあった自己反省です。
投稿: 一里塚の暇人 | 2007年10月28日 (日) 23時13分
「緻密さとまじめは暗いとみなされ…」、何故と私はいつも思います。暗いって、一体何なんでしょうか。笑いながら真剣に考えることってできるんでしょうか?中味のないことばかり言っては笑ってる、あるいは不祥事ばかりを「真剣に」論じている…もううんざりしています。明るい=いい社会なんでしょうか。私は今日もロウソクを燈してお酒を飲みます。本文の大意からそれましたが、おゆるしください。
投稿: 千里山の凡人 | 2007年10月22日 (月) 21時24分