積もる話、がない
(写真は仲間内ネットアルバムから借用しました。…ブナ林貫く行者道、03年盛夏 場所:鳥取県の大山・・・二次転載は不可です。クリックで横幅800ピクセルに拡大)
正月が近づくと新聞でよくみかける若い主婦の投書がある。帰省ブルー、双方の親から帰って来い、と矢の催促、自宅でゆっくり正月を迎えたいのに夫はわかって
くれない。おさえたストレスを新聞投書で発散。誕生日やお祝い事に離れた家族があつまりちょっと豪華な食事をする、そこに「幸福のカタチ」を確認するのをイベント家族というそうだ。カタチ、既成価値観のすりこみ、カタチがないとさびしい、不幸?に異議がある。雑煮、初詣など日本の伝統風習はよいとしても「人それぞれ家族それぞれ」でいいのではなかろうか。テレビ画面の平均像カタチに影響され、とりつくろって合わせる必要はまったくない。
メールやネットで離れた家族の近況はわかっている。「私の近況」はこのブログに情報てんこ盛り。会って聞きたいプライベート話が一部のこるだけ。仕事ぶりさえリアルタイムに共有。久しぶりに会ってせきをきったようにしゃべる「積もる話」がほとんどない。孫の成長に目をほそめる、もあろう。いまは、海外にいても双方がパソコン画面で映像を共有、声をかけあい、かわいいしぐさを確認できる。できないのは抱きしめだけ。本人そっちのけで親や祖父母の自己満足にならないように。家族が濃厚に接近するか、ほどよい距離感を楽しむか、ITの使いこなしで自由自在である。
備忘録:12月29日(土)神田駿河台Victoriaでゴルフバッグ、8190円(最安値)。週刊誌の批判的特集(4頁)。批判もあれば好意的記事、中立公正、もあって真の事実が読者にあきらかになる。メディアは客寄せの見出しはやめてほしい。ワーク&ライフ、あらゆるコミュニティの半分はネットでおき換わる、が持論。私の持ち場であるIT化を泰然自若と推進するのみ。30日(日)泳ぎ納め。31日、元旦の休業はさびしいが、従業員さんのことを考えるとやむをえないところ。
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コメント
礼儀作法のカタチと幸福のカタチはやや別次元のように思います。長幼の序、あうんの呼吸による気くばり、伝統のカタチは先人の知恵の凝縮。「お元気そうでなにより・・・」「ご家族お揃いでお喜び申し・・・」などの幸福のカタチ。現代医学でも治癒のむずかしい病気、なにかの事情で伴侶なし、子なし・・・はどんなカタチなのでしょう。病気であっても前向きの気持ちを失わない、家族の縁がうすくても心の通う知友の多さ、深さで気おくれしない、明日への希望は平等、それぞれに胸をはっていればいい。それを担保するもののひとつがITコミュニケーションです。
投稿: 奇人 | 2007年12月31日 (月) 14時32分
かなり受け売りの考えかもしれませんが、私は形は必要と考えるものです。今春結婚した息子が独りで帰省するのには異を唱えました。自由を押さえつけるつもりはありません。ただ現在まで残ってきた形には残ってきた理由があると思います。まずは形を行なう、そのうえでのことではないかと思います。形を生かすも殺すもお互いの心ではないかと思います。
居合も形です。しかし先人が伝えようと真剣に考えてきた思いが形だとも言えるのではないでしょうか。基本の基本に「前」という形があります。実質10年やっていますが、その形が未だに習得できずにもがいています。私はその形の習得のためにこれからも師匠についてずっと努力を続けるつもりです。朝青龍は復帰するでしょう。優勝もするでしょう。でもだからこそ彼はいつまでも形の持つ意味が分からないでしょう。それは彼の師匠も同じことでした。
投稿: 凡人 | 2007年12月31日 (月) 13時45分