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2008年3月13日 (木)

正門前の喫茶店

(写真は正門前の喫茶店と母校キャンパス近景。友人の撮影を事後了解で転載。)

追悼文集を開いてみたらMの死去は昭和48年(1973年)2月4日とある。大学院博士課程、同期の俊英で、気管支炎(喘息性)を患っていたのでそFujii1の発作だと思う。 文集冒頭、指導教授の弔辞は心のこもった哀切の極み。たまたま別の友人から「・・・実は1月末に息子が肝臓がんで急逝しましてその後の整理に追われています。」という連絡があった。親は子供の闘病や夭折に全責任を感じ、「できれば身代りになってやりたい」と願い、「なぜ自分が代われないんだ」と嘆くものではなかろうか。ふかく愛し合う夫婦は伴侶の看病、死をみとる中で「一緒に死ねたら幸せ」と思うらしい。江藤淳氏の後追い自殺。

さて喫茶店プランタンは閉店になっていたという。40年前キャンパス内外にデモが吹き荒れFujii2、民法ゼミは集会、クラス討議の延長だった。プランタンでMと珈琲を飲みながら議論した。祖国と学問のあり方、青いかもしれないが真剣で純粋だ った。「僕もデモに参加したいんだけど身体が弱いから・・・離れて見てる」とMは語った。彼の心情、お母様の優しい所作に思いをはせいまも胸がいっぱいになる。お母様との交流は不思議と続いているがお気持ちにそうものかどうか。いまの学生は「ここで怒らにゃいかんぞ」と親世代が思うような世相にも、タテ看板なし、集会なし。そして議論もなし?で純喫茶がつぶれる。

備忘録:3月10日(月)虎ノ門でランチミーティング。高橋尚子がみじめな姿をさらしながらも走りきったのに感動したと言ったら、同僚が「所属スポンサーのからみもあるんじゃない?」とうがった見方。それならばもっと痛々しい。最後のトイレ駆けこみまでTVに映らなかったのはよかった。3月12日(水)半年ぶりに藤沢へ。寒い部屋で8時まで残業帰りを待った。復活そろりそろり・・・遠くから、朝に祈り夕べに感謝。

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コメント

竹田さん

せっかくのお問い合わせですので、回答させていただきす。文中の喫茶プランタンは福岡市箱崎にあります。京都にお住まいのようですので、別なプランタンだと思いますが。貴サイト「北青少年活動センター」にアクセスしました。なお、私のコメント欄はメールアドレスの記入や実名は不要です。個人情報なので公開ネットでの露出は要注意です。メアドは削除させていただきました。

投稿 作者返信 | 2008年8月23日 (土) 06時56分

突然すいません。
私は,北青少年活動センターというところで職員をしている竹田と申します。
現在,センターの事業で青少年のボランティアたちと,地域の高齢者の人生についてのお話を聞き,伝記(自分史のようなもの)を作成する伝記作成プロジェクトというプロジェクトを行なっています。
その活動の中で,プランタンの元経営者のかたのお話を聞いています。
そこでよく出てくる喫茶店プランタンの情報を探していて偶然,このブログにたどり着きました。
もしよろしければ,どんなお店だったか?など教えていただけないでしょうか?

投稿 竹田 | 2008年8月21日 (木) 16時06分

閉店の真相は定かでありません。後継者がいなかった?居酒屋の2時間飲み放題も短いですよ。外資系コーヒーチェーンなら何時間ねばってもいやな顔をされません。友達4、5人が下宿に安い寿司折を持ち込んでワイガヤでした。親の仕送りに頼ってながら、生活感のない議論が好きだった。「自己否定」とかね。

投稿 スターバックスコーヒー | 2008年3月13日 (木) 14時45分

議論は居酒屋あたりででゆっくりどうぞ!
粘られたら困ります。

(...見たような?)

投稿 ドトールコーヒー | 2008年3月13日 (木) 12時44分

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