2008年4月26日 (土)
2008年4月23日 (水)
衣替え
4月21日(月)背広で出勤の地下鉄内、アツい。上下の春用下着に汗がにじむ。そうだ、夏向きに替えよう。洗濯機の近くに四季の下着を分類して保管。これは便利。私の部屋の小さいロッカーにフォーマル、カジュアル、目に見えるように掛けてある。むかしなら、季節の変わり目に「おーい、夏物、だしてくれー」叫ぶところ。いまは自分で衣替え。快適である。30年以上も前の背広は既に第1回処分した。腹回りはともかく、色が年齢に合わない。老人には珍奇である。カジュアルシャツが多いが、子供に払い下げしても着るはずがない。祖母、母、娘、3代にわたって着る女性の着物はいいな。
「どう考えても不用品」を選別し、ごみ袋にひとまとめ、有価資源ごみとしてリサイクルへ出した。細かく裁断再生され車内の下敷き布にでもなるのだろうか。カミさん出勤日のこここそ仕事。ブログの存在にも気づかない(無関心)ので助かる。後半生の目標、自己規制は「依存しない」である。組織に依存しない。権威に依存しない。権威とは本やえらい人の言葉、箴言。家事を依存しない。できないのは裁縫だけ。いつか来るどちらかの介護、手足不自由、認知症、入院。その日からべったり依存、支えあわなければならない。その日までその日のために、いまはお互いに依存しない。
2008年4月21日 (月)
湘南の養豚業
写真は仲間内ネットアルバムから借用しました。琵琶湖の北西に位置する海津大崎の桜。満開は見なれているので落花に別の風情がある。クリックで拡大、二次利用不可。滋賀に18年住んだ。
湘南で思いうかべるイメージは、若者でにぎわう海岸通り、江ノ島、とことこ走る江の電、サーフィン。藤沢駅から海へ向かう道は片側一車線
でいつも混む。長男が江ノ電沿いに住んで横浜市保土ヶ谷区の会社に通う。宝くじでも当たったら藤沢の中古マンションでも見つけて住もうか、がかくれた念願。JR藤沢駅あたりは各種レストラン、映画館、家電量販店、スーパー、百 貨店、喫茶店、なんでもありのおしゃれな都会。藤沢市の養豚業がTVで紹介され「湘南の別の一面」を知った。たぶんバスで行く山側だろうが「藤沢は農業の町」でもあるという。29歳、28歳の兄弟は父親の養豚業を継ぐ気はなかった。
サラリーマンとして、生産から流通、客の口に入るまでをプロデュースする農業のかっこよさに目覚めた。折しも食の安全、国内産への追い風もある。「格好よくて感動があって稼げる、3K産業にしたい」がスローガン。豚肉イベントは若者、女性や子供で大繁盛。湘南から日本一の豚肉をが目標。鹿児島のいとこ達が養豚から加工、販売を手がける。長年の努力が実って銀座でも鹿児島黒豚が一流ブランドになった。同族としてエールを送る。わが家の冷蔵庫の常備品は生協豚肉。東京からマスコミイメージで見る湘南、藤沢だが、立場と視点を変えればまるで違った別の一面がそこにある。うわっつらと本質、考えさせられる番組であった。
備忘録:4月17日(木)、20日(日)水泳ビデオレッスン。4月17日(木)スタッドレスタイヤに交換。4月20日(日)午前「内部統制と企業の社会的責任」「ITの普及啓発による民主化と交流拡大」報告とディスカッション。私のエネルギー源。競泳・北京オリンピック代表決定戦を録画。手の動き、足の動きに注目。準決勝→決勝、細かく変化(修正)を観察できるほどプロである。
2008年4月17日 (木)
技術者
メーカー勤務だったが、製造や技術職場は体験しなかった。商品の細部、よさも欠点も知るのが設計者(技術者)である。市場で不良問題がおきるとその商品の設計者はピーンとくるらしい。意外なことではなく、潜在心配、設計者以外はわからない微小な弱さが発見された思いではないか。久々に技術者を含む飲み会で刺激を受けた。「□□さんは素晴しい図面を書いた。上司ではないがもっとも影響を受けた。」に他もうなずく。「品質管理の天皇、○○さん、出荷停止っ、の指示は強烈だった。」・・・いずれも物づくりにかかわる職能のプライドである。天皇は他にもいた。自分が入社初めて設計した製品がラインを流れる、その組立工程を観る感動は特別らしい。
なんとなくわかる話、あえて私の経験を書けば、10数年前初めてホームページをアップした(世間の目に触れた)ワクワク感だろうか。「ところで、営業に学ぶことはなにかあるの?」と私が(卑下しながら)聞いた。「お客さんの現場に同行した時のやりとり。この商品は?台は売れるから作れ、と営業に言われた。技術としてこれほど心強いものはない。」・・・新橋駅前の居酒屋、3時間居て割り勘(7人)、@2500円。刺身は高くつくので?頼まなかった。焼酎ボトルは途中で空になったが追加しなかった。枝豆で水?を飲みながら話に夢中、気持ちよく酔ったことになる。専用ブログを開設、当夜の写真と映像を配信した。
2008年4月14日 (月)
書かない理由
写真は仲間内ネットアルバムから借用しました(二次利用は不可です)。東山順正。
朝日4月12日(土)に「ブログや個人ホームページをもっていますか?」という調査結果が載っている。「いいえ」(もたない)理由になるほどと
思う。「興味がない」が最多。「誰でも見られるので不安」「時間がない」「難しそう」。個別の意見では「いろんな人がいるので、何を書きこまれるかと思うと不安(34歳、女性)」「知らない人に自分のことを、なぜ知らせたいか理解できない(49歳、女性)」「ブログをやってみたいと思うが自己愛みたいでちょっと・・・(35歳、女性)「下手なことをかくと、ちょっぴりしかない脳ミソが世界中に知れわたってしまうので・・・(48歳、男性)」
肯定派では「ブログに載せる写真を撮るなど、生活に張りが出る(48歳、女性)」「ネコ好きだが飼えないので、ネコに関するブログを毎日見ている(65歳、女性}。書く(投稿する)理由、書かない理由、それぞれ合点がいくが、ちょっと認識不足かな、もある。知らない人への不安は多いようだが、niftyやocnの場合、IDとパスワードを簡単に設置できる。誰に見せるか読んでほしいかは、完全に作者のコントロール。アンケートを見るとアクセス制御がまったく知られていない。左のコメント欄は私が内容確認するまで表示されない(この設定も簡単)。迷惑コメントは削除できる。
私が収集している「ブログをもたない、書かない理由」で多いのが、「文才がない」「時間がない」がある。私は文才で書かれた多文字の文章や文才をまねた?作文にイヤミを感じる方である。好きなのは「ぼそぼそ」「たどたどしい」、しかし「いかにもその人らしい」「あら削りの木肌」のような短文に好感をもつ。「こんな感じ方もあったのか」、はっとするほど刺激を受けることがある。「時間がない」に対して「時間は作るものです」などとは言わない。珈琲一杯を飲む、晩酌なみの軽さで更新するブログなら「わざわざの時間」ではないのではなかろうか。おしゃべり感覚のメールとは違う「別次元のなにかかしこまったことを書こう」とすると肩に力が入り時間がかかる。
今後ともブログやHPをもたない方が無難と思うのは「他のブログを見ても何の感興もわかず、書くことがない」タイプである。テレビ、映画、本、スポーツ、感動や熱くなることがない。交友関係においても怒りもせず喜びもしない。常に冷めている。・・・そんな人は少ないのではなかろうか。メールやIT敬遠の御仁が酒のいきおいもあって「大演説」をやる。いつも内面にたまった熱いものがあるからめったにない顔合わせでほとばしるのである。ブログやメールなら「他を時間、場所で拘束することなく」リアルタイムでほとばしる。そして、難病、障害、ハンディある人々にとってメール、Webが同病や社会とのつながり、生きる支えになっている事例多々で、もはや遊びを越えた生存救済インフラ。私がIT進展に迷いがない理由である。
2008年4月10日 (木)
芋と大根
イカの切り身、冷凍があったので芋と大根の煮物を作った。ダシ+味付けした汁にショウガのきざんだのとイカを入れて白くなったところで取りだす。次に芋と大根を同じ大きさにカットして煮る。大根に箸が通るところで、イカを戻しぐつぐつ7分・・・どうも大根の煮えがわるいのでさらに7分。煮すぎると芋がカタくずれする。火を止め盛りつけて食卓へ。「ちょっと大根がかたい」とカミさんの第一声。やっぱりね、「しゃきしゃき食感があっていいんじゃないか」と負けおしみ。失敗作である。
翌日圧力釜で煮る。汁も野菜にしみこみ、やっといい味になった。芋と大根は切り方の大小で煮える時間が違うし品種で煮え方が違うかも知れない。大根を先に芋を後で、時間差をおいて鍋に入れれば解決する話。前に肉じゃがで、大根とじゃがいもを同時に煮ていたらじゃがいもがカタくずれした。生まれてこの方、家で外でたくさんの大根料理をおいしく食べてきた。他の根菜と違って皮は厚めにむいたほうがいい、煮る時間差などの知識を得たのは最近。アタマでっかちのビジネス書を読むよりこちらが有用かつ基本的「生活の知恵」である。
台頭する中国、4月からラジオ、TVで中国語講座がどっと増えた。ラジオで「まいにち中国語」「アンコール中国語(週5日)」、TVでは「とっさの中国語」(5分、週1)が始まった。福原愛さんがチャイナドレスで出演。語学は毎日やらないとモノになりませんよ、と催促される。週1回2時間の中国語同好会とこれらの録音(ICレコーダー)、録画の合わせ技。考えてみるに、漢字、中華料理、陶器などなど、生まれる前から中国発祥の文化で支えられている。一衣帯水、そのよってきたるところ(一例が中国語)を知らずにすごしてきたのはうかつであった。
意識の転換は会社のしばりがなくなり自由時間が増えたからである。会社拘束のおおよそ5割は必要悪の会議、合意形成のための資料づくり、人間関係のしがらみであった。「高度の判断業務」はあまたヘドロの上澄み液。純粋の(付加価値を生む)仕事は少なかったように思う。いまならITでもっと効率化できる。
備忘録:4月9日(水)ランチミーティング、しがらみの話題。夜、フィンスイミング(足に尾ひれをつける)初挑戦、楽し。ブログが百花繚乱、玉石混交の様相である。同じ体験をしても目のつけどころ、記事での取り上げ方がちがうもんだ、と参考になるし、・・・中には、作者のぼやき?自己陶酔?もあり、もって他山の石とする。知友の奥さんの真摯なブログを発見して得した気分。先日の首都銀行東京の記事は関連記事を読んで情報点検、自分の意見に消化してから書いた。今日は息抜き記事・・・単なる発信者のストレス解消です(それでもアクセス、御礼)。
2008年4月 7日 (月)
一礼して
練習を終えてプールから退場する時に、出口で一礼をする女性1には気づいていた。インストラクターにではなく、プール全体に一礼をする。「今日も元気で泳がせてくれたプールよ、ありがとう」だろうか。たぶん長いキャリアのあるスイマー
で幼少から教室でしつけられたことがここでも自然に出ていると察する。私もそうだが、ほとんどは終ればそそくさとシャワーで流してロッカーや風呂に下りていく。安全監視員だけは全員の後姿に「ありがとうございました」と声をかける。これは従業員ルール。
先日、同じく出口で一礼をする女性2をプールから発見した。おまけにキャップまで取っての丁寧さ。大相撲で入りと出に土俵に一礼は見慣れているしアスリートが競技場に礼をするのは常識かもしれない。しかし他のだれもやっていない中で女性1、2の退出礼儀に「きちんとしているなあ」と思った。身についた自然さがいい。まねをしても「とってつけたおかしさ」になるので止める。気持ちだけはそうありたい。むかし会議の遅参、中座でまわりの出席者と議長に失礼をわびる一礼をすることはあった。
女性2は上級者コースである。1000メートルを飛ばす。たまに初心者レッスンに入る。私らにも泳ぎの順番をゆずる。初心者とやる時は、同じ生徒同士に徹し目だとうなどとはしない。ウォーミングアップをかねてやらされるのが蹴伸び。両手を頭上に伸ばしザブンと身体を前にたおす。水平をたもった後は立ち上がりまた前にザブンで25メートル。身体の軸がぶれない(横ゆれ)ように力を抜いて、足も頭も下がらない。カンタンなようで奥が深い。「できるアスリート」は地味な基本動作を反復する。謙虚の品格。
備忘録:写真は石川県能美市旅館「まつさき」にて。4月6日(日)経堂に引っ越した次男夫婦の新居を訪問。環7を車で1時間。4人でラーメンを食べる。まだ片づかないが一安心。4泳法中級コース(週1、有料)の初日。事務所PCの1台、内蔵CD-ROMドライブが壊れた。外付けDVDドライブ、全規格対応、スーパーマルチを購入、9980円。
2008年4月 4日 (金)
三渓園の桜
4月3日(木)カナダからの賓客4名(女性)を迎えた。10時鎌倉駅に集合。日本側が男性4、女性2。計10人のガイド役は設営、アレンジしてくれた友人、添乗員よろしくカナダ国旗(写真)、電話で売ってる店を探してわざわざ購入、ポールにかざして案内する心配り。メイプルリーフ(モミジ、紅葉)はあちこちでひと目をひいた。桜満開、快晴雲ひとつ
ない、風なし、春の陽気なれども暑くもない。参加者の平素の行いがよほどよい?とみえる。おまけに休日をさけて人ごみなし。「皆さんは、日本の一番いい季節に、しかも一番いい日にお越しになりました」・・・お陰で日本人にも貴重な思い出ができた。
桜並木参道を経由して→鶴岡八幡宮→江ノ電で高徳院(大仏)を往復→根岸線石川町で降りて→元町商店街散策→坂を登って外人墓地→港の見える丘公園で弁当→タクシーに分乗、道路両側も桜ロード、三渓園へ、→ここも桜さくら、白川郷から移築の合掌造民家など→タクシーに便乗して、馬車道の居酒屋「はなの舞」→港の夜景を堪能、そぞろ歩き→JR桜木町で解散。カナダ人女性たちは、神社の礼拝、三渓園の孟宗竹、筍、甘酒、五重の塔から見下ろす山中の桜(写真)、などカナダにない風物に興味があった。予定時間通りぴったり進んで、17000歩。最後の打ち上げ居酒屋では、短時間で急速にフレンドリーになる日本式酒席に笑顔、笑顔。
ところで、夜のお開きまで10時間、方言、標準語、流暢な英語、たどたどしい英語、か
たこと英語がまじりあってgoodコミュニケーション。日本人は英語がわからないと外人さんにワルイと思い、気おくれしがちである。意識の転換、世界でもっとも難しいとされる日本語を自由にあやつることに自信?をもっていいのではないか(相手はしゃべれない)。初対面の挨拶、第一声も相手国に合わせず、まずは、「こんにちは」「Nice to meet you」とお互いの母国語ではじめてもいいと思う。これは歓心や効率をもとめるビジネスの場ではない。
外国人が「たどたどしい日本語」で話しかけてくるとき、我々はなんとか言わんとすることを理解したいと思い、多少の優越感と「話し手の一生懸命さ」に好感をもって接する。日本人並みに話す外国人に初めて会うと、逆にえっ?となる。鎌倉の観光人力車のお兄さんや居酒屋のお姉さん(モンゴル系中国人)は流暢な英語でPRした。上達は「その気と必要」がすべて(パソコンと同じ)。2002年8月15日から1年間NOVAに通う。海外勤務、実践なし、ラジオ英会話のみ。中国語と平行してあと1年も続ければモノになるかも。
2008年4月 3日 (木)
意に添わず
50代半ばで早世した友人がいた。仲間の集まりで彼が話題になってみんなでご自宅に焼香に行こうとなった。遅ればせながら、奥様に弔意を表したい、である。私は出席していないが、たまたまその結末を聞いた。玄関にも入れてもらえなかった、焼香拒否。なぜ?散らかっている室内に入ってほしくない、化粧もしていない、見られたくないなにかが?ある。あるいは、なにをいまさら、見知らぬ方々にとつぜん来られても困惑するばかり。語り合って行ったみんなも気まずい思いが尾をひいているだろう。ことわった奥様もまた・・・。行動しなければ意思は表わせない。ただ、とってつけたような外形になる場合がある。冷たいようだが、知らん顔、離れて見守る、言葉にせず、不作為もあり、思いふかければ、である。年輪はムダではない。
備忘録:元同僚から「68歳で柔道整復師に合格体験記&半生記」を送っていただいた。33枚の力作。印字して一気に拝読、感想をメールした。
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