しゃぶりつくす
益川敏英氏は仰ぎみる存在だった南部陽一郎先生の論文を若いころしゃぶりつくすくらい読んだ。「しゃぶりつくす」・・・久しぶりにいい言葉を聞いた。うちこんだ先人の思想なりインパクトなりを丹念に読む。読書百遍、眼光紙背に徹する、血肉となるまで、いろんな表現があるが、しゃぶりつくすは動物的で
ぴったりだ。時間を忘れ、食事を忘れ、寝るのを忘れて眼光ぎらぎら。サラリーマンの世界ではない。 私などがよくやる「ながら勉強」とは次元が違う。
自分にはしゃぶりつくすほどに読んだ本があったかなあ、とふりかえるに・・・20代に中勘助全集を熱心に読んだ。エッセイの部分暗記、当時あちこちへの寄稿に中勘助の「フレーズやトーンの盗作」をした。感化力である。それでも勘助の熱烈ファンや研究者からすれば「読みかじり」である。いま本ではないが、ブログ機能や水泳に関する知識をネット情報やインストラクターの身ぶり指導でしゃぶりつくしているかもしれない。日々発見、飽きないから。
HTML、スタイルシート、JavaScript、DreamWeaver、自宅サーバーに関するマニュアル本はたまにひっぱり出す程度。断片知識がいつまでたっても立体化せず、身体能力(モノになる)までならないのは、その気はあっても必要が弱く、実践失敗の機会が圧倒的に少ないからである。ワーク&趣味を問わず実践機会+トラブル克服を意図的に作り出したい。
備忘録:某企業中堅氏から行事の動画をメール添付で送っていただいた。25MBの総量だがメールで12回に分けて。きれぎれ動画を連結して特設ブログに載せた。某省中堅氏から行事の写真をメール添付で送っていただいた。ファイル容量オーバーで3回にわけて。大容量ファイルを送るにはいろんなサービスがある。かんたんに1回ですむ話である。既に「方法の提示」はしているがむずかしい?と思われているのか使われない。IT普及は日暮れて道遠し(ふー)。10月18日(土)次弟からつれあいの母御が逝去、妹の伴侶が容態悪化の連絡あり。しばらくブログの旧筆宣言したい心境である。
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コメント
義妹の母御の病気に見舞いも行かず葬儀も弟に香典依頼で代金を銀行振込み。親戚弔事はいつもこうでした。遠隔地でやむをえないとはいえ、忸怩たるものがあります。
投稿: げんねかんどん | 2008年10月23日 (木) 13時18分
義母堂様のご逝去をお悼み申し上げます。身近な方々の健康不安を、更に身近に感づるようになった年回りになったということでしょうか。
「しゃぶりつくす」の発言とその語感は私の心にも強く残りました。今回の太字は、いつまでもこんな「いつまでもコンナコッチャイカンナ」という私の深層心理をいくらか軽くしてくれました。
投稿: あっこがならん | 2008年10月22日 (水) 06時29分