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2009年1月30日 (金)

録画モード・聞きかじり

なんで!こんなややこしいことを覚えないと使えないの?

DVDレコーダー2台を駆使して録画三昧だがわからんことが多い。メーカー電話サポートやネットで調べた録画モード・聞きかじりを整理したい。けっこうデジタル機器に慣れている自分がこうだから老人家庭の困惑を想像するにかたくない。Img_06_01

デジタル放送はDR(ダイレクトレコーディング)で録画する。超高画質、高音質なのでDVDにはおさまらないくらい(ファイル)容量が巨大。よってDVDにダビングするには「標準画質」に落とさなければならない。

DVD-Rにダビングしようとしたら操作画面がVR(VideoRecording)方式にフォーマットしてくれと要求してきた。デジタル放送を標準画質で録画するための前提らしい。

はいはい、やりますやります。なんとかダビングしたDVDをパソコンで再生しようとしたが不可、また古いDVDレコーダーで再生しようとしても不可。CPRM(Content Protection for Recordable Media、著作権保護のためにコピー禁止)がガードする。ダビングしたDVDレコーダーでしか再生できないのならダビングの意味がない。CPRM対応のパソコンやプレーヤーもあるが一般に普及していない。

繰りかえし使える(消去可)DVD-RAMでダビングしたらVRフォーマットは不要だった。ファイナライズも不要。CPRM対応でなければパソコンやDVDプレーヤーで再生しないのは同じ。

録画モードにはDRを最高品質としてXP(録画時間1時間)→SP(2時間)→LP(4時間)→EP(8時間)と画質が落ちていく。私がDVD動画は2時間と思いこんでいたのはSP(標準)のことだった。FP(フレキシブルレコーディング)はディスクの残量にあわせてXP~EPの間で画質を自動調整する。

カミさんがヒマつぶしに観るサスペンス録画ダビング再生のため、CPRM対応のDVDプレーヤーを購入したが使いこなしにれだけのデジタル知識が必要だった。ふー。

備忘録:写真は録り貯めたVHSテープを、ブルーレイディスクにダビングできる一体型。

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道案内

一人娘をもつ親から「あーもしてやりたい」「こーもしてやりたい」という進路メニューいっぱいの話を聞くと「娘さん 親の期待が重くないかなあ?」と気をまわしてしまう。一人息子より一人娘でよく見聞きするのは娘の方がまだ外圧に受動的だからであPic_cnhs400djpgろう。親は子供の出生に責任感がつきまとう。逃れられない煩悩である。「なにか困ってることはないか?」とつい車間距離を詰めたがる。おとしあな、子のことをあれこれ心配しているようで実は「親の自分」を心配してい る。

子に先回りして進学就職の道案内。「どこそこ大学の○△学部にしたら?」「凸凹社は安定してるんじゃない?」など。親の失敗をくり返させたくない、親の宿願を子に果たしてほしい。ここでも実は「親の自分」がかわいい。総合力のある親ほど「次の信号で右に行け」「目的地まであと何キロ」ときめ細かな指示を出す。親のカーナビのお陰で初めての道も迷わない。小さいな失敗をしなかった子はより大きな失敗や挫折をしたときに自力で立ち上がれない。

わが家の長男や次男夫婦が直面している苦しみや悩みは親が経験しなかったものだ。残念ながらカーナビはない。よって近道やうまい渋滞脱出法を教授できない。考えてみれば私が格闘したいくつかの困難も親に相談しなかったし自力で乗り越えてきた。回り道の過程で友ができ心のひだもできた。花をみつけた。親の知識がせまかったのがかえって幸いしたと思う。親よりまわりの助けが大きかったかもしれない。

別居している子供なら親が心配するほどに親のことをいつも思っていないとわりきった方がよさそうだ。目の前のことで忙しくしばしば親の存在を忘れるほど。貴重な復元力、サバイバル力をつけてくれる迷走と蛇行。ほぞをかむくやしさ。体験する権利を子から奪ってはならないと思う。極端な話、親が手を差しのべるのは子がヘルプを求めてきたときだけでいい。

子がびっくりするのは突然の親の入院、不調の知らせ。「いつまでも元気でいると思うなよ」の啓示である。生き物の定め、とつぜんであることもやむをえない。

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2009年1月28日 (水)

"あの日から40年"

1月17日(土)NHKアーカイブズ特集「安田講堂落城~"あの日から40年"」録画を観た。当時全国の大学で世界で連鎖反応的に吹きあれた学生運動。マスメディアは「全共闘=建物封鎖=ゲバ棒=学生運動=風化消滅」であるかのような偏った表面的描き方をする。渦中にあり同時代を6fff 生きた者として違和感を感じる。一般の誤認識を増幅する報道の矮小化である。

ようやく細部にも取材がいくようになった。東大医学部学生で安田講堂にこもった今井澄(きよし)氏は出獄後長野県茅野市の諏訪中央病院で地域医療に貢献し7年前にガンで逝去(62歳)。身を粉にして働き、患者から優しい先生と慕われた。その後継者が鎌田實氏と知ってなるほどと思う。

マイクを握ったリーダーたちのその後、自動車整備工場経営、予備校講師、重度障害児の介護、弁護士など「身近な仕事と家族」に充実感があるとしても彼らの絶叫し他を鼓舞した「変革の思想」はどこへいったのだろうか。もぬけのからのような風貌もある。大学は社会の縮図、さまざまな思想傾向が混在する。「自分の主体性が問われる」と心情的に近い党派に属して運動した者もいれば就職とその後が大事、動員についていけない(いきたくない)多数のノンポリ(無党派)もいた。

陶酔したワンパターンのアジ演説。「よしっ」「ナンセンスっ」のモノトーン集団無思考。構築、創造の展望がない破壊だけで続くはずがない。「具体的な生活の現実と向き合う」「生活に根ざして」がポイントである。ぬくぬくとした多くの学生生活は親の仕送りでなりたっていた。

学友の逮捕、拘留が日常茶飯事の中でドツボにもはまらず親の期待に応えてちゃっかり就職をした自分を純粋でなかったとも「自己否定」が足らなかったとも思わない。40年前打破すべきとされたこの国と世界の支配構造はいまどうなっているか。ソ連体制は自壊したが経済的強者(投機マネー他)は諸悪の根源となり政官財トライアングルの悪弊はより鮮明になった。

学生の就職は景気不景気の波に翻弄される。学費値上げ反対や福利厚生改善運動など各大学の自治会活動は40年前も今も継続している。足を地につけた地道だけど確かな変革(Change)、大事なのは過去に続く今であり今をささえる過去である。40年は風化しない。立場それぞれでも大言壮語(マクロ視野)と地域身辺改革(ミクロ奮闘)を両立。非正規労働者は立ち上がった。時代はあの熱ある学生たち、いま生活実感あるシニアたちに連帯を呼びかけている。

備忘録:写真は仲間内ネットアルバムから借用しました。二次利用不可です。「日経PCビギナーズ」2009年2月号はCドライブ、Dドライブの使い分けを特集。OSをはじめインストールソフト、写真などがたまりやすいCドライブを監視、空きを多くして再インストールでも生き残るDドライブをフル活用、メールメッセージ保存もDに変更できる・・・ビギナーから中級へのポイントである。

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2009年1月26日 (月)

オバマ大統領就任演説

1月24日(土)に新聞各紙はオバマ大統領就任演説18分を英和で掲載した。NHKはネットで配信。録画で原音を聴いた。20日(火)深夜の生放Ph_mr_obama送では盛り上がりに欠けたように思った。選挙演説で黒人聴衆を熱狂させ涙を流させた「change」「Yes we can」がなかったからである。建国の原点に帰り国民へ美徳の復活、責任と義務を要求した。金融と経済崩壊の原因に注目したが「一部の人々の強欲と無責任の代償」とし「集団的失敗」をつけ加えた。日本が真似た市場原理主義=新自由主義の破たんである。

既に南米の指導者からはアメリカがよけいなおせっかいをしないのが世界平和になるという声も出ているのに「再び主導する役割」への願望を捨てていない。テロの主因が「アメリカ的やり方」への反発からきていることを思えば、力(軍事力)に頼らない対話、国際協調への転換はもっと語られてもよかった。「私たちは君たちを打ち負かす」にぎょっとする。就任演説では「太陽や風、大地のエネルギーを利用し」と理念のみだがグリーン・ニューディールの環境目標は日本のはるか先を行く。アメリカ追随でよしとしているとアメリカの変化にもついていけない

ところでアメリカ大統領の演説の格調の高さ?に比べて日本首相演説のプラグマティズム(実用的)が指摘される。アメリカは多民族人工国家。大統領の演説、国旗、国家でたえず分散する意識をまとめる必要がある。建国の歴史を説き「壮大な理念」を連呼するのはそのためである。日本の所信表明演説は各省庁の寄せ集めなので総花的になるのはやむをえない。だが中小国であっても世界の心に響く演説を発信できる。マレーシアやドイツの例。官僚劣化の原因として外交、防衛という大事を自国で決められないからだという防衛省OBの慨歎にうなづく。

備忘録:1月20日(火)夜プールに行こうとしたら車が動かない。キーレスアクセス&プッシュスタート、(インテリジェント)キーが2個とも反応しない。JAFに来てもらったら車のバッテリーのあがりではなく、キーをばらしてバッテリーを入れ替えたりしたら片方だけかかった。車体電装系統不具合?21日(水)スバルに引き取ってもらって原因はキーバッテリー消耗と判明。なぜ2個とも同時に?「磁気をおびたもののそばに置いておくと放電するので金属製箱に保管して下さい」とのこと。家じゅう磁気だらけ、便利で困った最新式車だ。1月25日(日)光触媒マイクロファイバー(バスタオル、プール用)1995円×2を購入。40×90cm。オバマ演説をディスカッションする会に出席。英会話教室をさぼり。2月9日(月)10日(火)蔵王温泉スキー場保養所を予約。

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2009年1月24日 (土)

知らずに損した

12年前神田末広町職場はメールで動いていた。出張先であれ休日であれメールを見ていないとオクレル。(月)朝出勤して至急メールを見てびっくりでは後手。職場PCのOutlookExpressからケP2016499ータイに転送設定する。当時ケータイの表示文字数は256文字で大事なところで切れて用をなさない。同僚が全部読めるサービスがありますよと紹介してくれたのがリモートメール。さ っそく申し込んで専用アドレスを取得。中継してどんなに長くても全文を読めて画期的である。自費で月額300円。

ずっと有効に使ってきた。私のメール返信が速いのは「いつでもどこでも(海外でも)リアルタイム受信」だからである。一般的なdocomoアドレスは迷惑メールが多く受信拒否設定していた。今回SNS退会&再入会の認証としてdocomoアドレスを一時的にでも受信可能にしなければならなかった。設定方法は。ドコモWebにも載っているが理解不能。ドコモの0120-800-000に電話したら同じ機種を操作しながら親切に教えてくれた。聞くのが一番。

今回ケータイをいじってる最中にふとリモートメールでなくてもいいのでは?と思いついた。同じIモードメールでリモメの受信拒否設定と2つ、こんがらかってアタマが整理できない。またdocomoに電話したら何文字でも読めますよとのこと。5000文字でも無制限でも。やっぱり、ずっと前から初歩的なことだった。知らないということはおそろしい。写真も表示。パワーポイントやエクセル添付でリモメと差があるのだろうが今は必要ない。少なくとも会社退職と共にケータイ転送方法を変えるべきだった。1月24日(土)リモートメールをケータイで解約し、PCアドレスからの転送もテストOKである。

備忘録:切干し大根+いもがら(写真)+厚揚げの煮物を作った。乾燥野菜にはじめて挑戦。レシピなし。水でもどして味付けは砂糖、塩、ダシ、酒、みりん、つゆの素、醤油で。油は使わず。大根のしゃきしゃき感もあって絶品&美味。夕食のおかず、晩酌の肴になった。

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紅とんぼ

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2009年1月23日 (金)

ついていけない

いくつかのメーリングリストやネットコミュニティを運営していて・・・声ナキ声、あるいは声アル声。

「せっかく全員に発信しているのにだれからもレスがない」「読んでくれているのだろうか?」「せめて開封確認だけでもしたい」「休日ヒマなのにまったくメールが届かない(さびしくてパソコンをたたきたい?)」「あて先を絞ってメールしたのに全員に転送されて困惑」「ジョークとして書いたあの一行、気分を害したのかなあ?」

「なんどメールしても返信がない(バカにしてる?なめてる?)」「パソコンがこわれた?」「どっか遠くへ行ってる?」「ブログのコメントがない(コメントほしい症候群)」「特定者でなくもっと多くの人からコメントがほしい」「ネットアルバムにアップしたのにだれからも感想がこない」「写真の横に感想を書きたい」「ROM、発信なしなので居心地がワルイ」

メールのない10数年前まではなかった、ネット社会の新たな(心理的あや)ストレスである。ネットの影はネットで消せ、解決するカギは会員制広範囲ネットSNS(social networking service )だろうと思う。「足あと」と称してだれが(ハンドルネームだが)自分の書き込みを見たか、最近は自身の足あとまで時間軸で表示される。文章にまとめる必要もなくおしゃべり感覚。自分にはあんなうまい文章は書けないと気おくれすることもない。SNSではアルバム、動画、ブログが分散でなく同じネットに同居する。

最近あらためてmixi(ミクシイ、SNS大手)に紹介されたのを機にアドレス(アカウント)を変更して再入会した。紹介者のマイコミュニティは80人。真摯な参考になる記事、書き込みがあるようだ。おどろいたのは女性からの「お友達になって下さい」メール。「25歳」だったり「顔写真つき」だったり。ワタクシ大人の女性友達複数がおりますので間に合ってますhappy01 色香だけのギャルに興味ありません(年齢、写真詐称かも)。友人知人の紹介がなければ中に入れない(身元確かな?)SNSなのになぜこんなメールが来るのだろう?

そして参加コミュニティの人数。「中勘助」268人はよしとして、「中国語・中文」4559人、「英語でしゃべらネエト」2916人、「男が作る・男の料理」12526人。なんぼヒマだといっても趣味同好の士、会うこともないこんなに多数とかかわってどうすんだろう?ネットストレスを解消するSNSのこんごの動向を注視しながら進みすぎたITコミュニケーションに引いてしまう私である。ついていけない。新規入会コミュニティ、書き込みはまだである。

備忘録:1月22日(木)地下レストランHOTSPOT(無線LANサービスエリア)。4年ぐらい前のS社製パソコンには本体にワイヤレスマークがあるのにスタート→「すべての接続表示」にワイヤレスが出ない。メーカーに聞いたら「その機種はソフトアップグレードで無線LAN対応になりますが残念ながら終わってます」とのこと。えっ?Windowsが立ち上がらないトラブルで電源ON後F10 キーをとんとんと押していたら「OS再インストールしますか?Cドライブだけ消去、Dまで消去するかは選択式」の表示が出た。えっ?

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2009年1月20日 (火)

見せびらかす

足にはさむプルブイは下半身を浮かせてもっぱら腕かきの練習、ボード(板)は手で上半身を支えてもっぱらキックの練習に使う。プール備え付けHa012もあるが常連数名はマイボードやマイブイを持参。コース端に置いてありマジックで書いた英語で初めて名前を知る。プルブイのヒモ調整が毎回面倒で(下の写真)私も「マイ」が ほしくなった。

ネットで探してゲットしたのが上写真の青。エバニュー製プルブイ&ボードの兼用タイプ。発砲ポリエチレン、28×24×5cm、浮力2.8kg。1848円+送料500円。使ってみてこれは便利、いい買い物をした。最初の25メートルで股にはさむが心配したすべる感じはない。返りのキック練習でもほどよい浮力。途中で気分を変えて使いわけ。

おなじみさん数名が「これどうしたんですか。」と羨望?の目(自己満足)で聞く。ネットで買ったこと、よかったら試してみませんか、とすすめる。得意げに見せびらかす(ついでにブログで見せびらかす)。1848円+送料500円も紹介。備え付けスイ ムボードが青なので目立たせるため赤にしてもよかったと思うが、いい道具を「あれこれ努力して」手に入れたものだhappy01

課題はフロアエHa076クササイズをやるときには水泳一式に+靴、上下運動服(短パン、半そで)が加わるのでそのスマートな収納バッグ探しである。

嫌味のない自慢話にふるさと自慢がある。それも東京や京都などブランド都市ではよろしくない。鹿児島県、沖縄県、島根県、青森県など「人は田舎というけれど」が望ましい。観光地でない自然(山や川)、伝統行事、人情、食品、親兄弟のこと。

備忘録:長男の職場スキーが1月26日→2月6日、延期になったとかで1月17日(土)藤沢行きを中止。1月18日(日)mixi既存アカウント(メアド)を退会、新メアドで再入会。パソコンに加えケータイアドレスでURL受信クリックが必要、難儀した(別項予定)。やっと登録完了。カラオケ新年会動画ブログに3名の好意的コメントがあった。1月19日(月)横浜駅東口イタリア料理店、5人。

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2009年1月18日 (日)

なりすましメール

昨年末事務所メールにわんさか届く「なりすましメール」に難儀していた。事務所アドレスを使ってくるので「差出人受信拒否」設定ができない。半角英090118meiwaku1数字だが日本語宛名と同一。受信拒否にすれば多用する「CC:事務所」ができなくなる。加入しているプロバイダーのセキュリティ技術は先端なので対策についてやりとりした。妙案 がない。放置していたが、正月休み9日間に差出人受信拒否(対策1)で様子を見た(CCをしないので)。休み明けに解除したらまたはじまった。

「ヘッダー情報」を送<ってみて下さい、というサポートがあって「・・・の文字を含む」の対策2を打った(上の画像)。受信拒否でなく迷惑メールフォルダに隔離、間違いがないか(まともなメールが混在しないか)時々チェックする、の運用である。結果は劇的に変わった。差出人なりすましをはじめ迷惑メールをサイボーズ、アウトルックのメールではまったく見ずにすむようになった。現在までのところ、まともメール迷惑扱いの間違いは0件。これでダメなら対策3(内緒)を講じる予定。

090118jcom1自宅で4台、事務所で3台のPCを使う。うちVistaが1台。各PCにはそれぞれの役割があり遊んでいるのはない。トラブルの数も「普通×7倍」である。トラブル遭遇の多さこそ私の財産?自宅のDELLマシン(ノート)のシマンテックウィルスソフトが1月6日(火)で切れた。以後送られてくるウィルスには無防備。正月明けDELLは開きもせず「どげんしたもんじゃろかい」と思案。1年毎更新の面倒な大手でなくソースネクストの更新料0円(3台用で4000円ぐらい)にするか?

JCOMネットでウィルス対策があったなあ、あれで入りシャットダウンは間に合うか?とサポートに電話した。「マイシールド(下の画像)というシマンテックと同等の対策ソフトが無料でありますよ。メール対策他すべてカバーしてます。まずシマンテックを削除してから電話して下さい(バッティングするので)。」とのこと。各パソコンに個別インストールが必要。えんかくリモート操作でインストール完了。めでたしめでたし。ITの不具合、影はITで消せる、が信念になった。

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2009年1月15日 (木)

群馬県川場村

この記事はとりとめのない家族イベントメモです。ヒマな人だけ読んで下さい。

埼玉、栃木、群馬の各県山地にはゆかしい名前の村が存在する。あえて市町村合併の甘い汁を吸わなかった?気骨ある村。群馬県利根郡H15ktop1川場村もそのひとつ。1月14日(水)川場スキー場に行った。7時に出て沼田ICで降り17キロ、10時前に屋内駐車場に着く。休日のように渋滞なく、手前で降ろされてマイクロバス輸送もなく、リスト待ちもない。今朝も通勤電車にすし詰めフルタイムの方々にうしろめ たい思いの平日スキーだが、40年近くも拘束生活(会社員)をがまんしたのだから今は許される?と自分を納得させる。

今冬の足ならし、中級初級コースをゆったりすべる。午前午後各1時間。外は氷点下だがスキーウェアの下がアツーい。足首に擦過傷予防のテープを巻かなかった。足の小指が両方擦れてイタイ。スキー場の昼食はカレー、どんぶりものなどだが高くてまずい。今度から手前のコンビニでおにぎりでも買っていったほうがカシコイネとなった。

コースに出る前にカミさんにDVDプレーヤーの操作法を説明。メニュー選択、停止、早送り。電源を切っても停止位置から再生されることがわかった。かねて録画のサスペンスDVD-RAM。待ち時間に退屈なし。ワンセグ受信は圏外。

トイレにウォッシュレットがまだ設置されないのは村営の感度の鈍さ?雪質はよいという評判だが前夜降雪がなかったため?かややべた雪、パウダースノウをエッジがきる快感はなかった。田園プラザ川場で地ビールを買う。物産館に客がいない。帰りは3時発、赤城高原SAに寄って渋滞なし6時過ぎには帰宅。

備忘録:1月13日(火)事務所HP会員ページのうち9HTMLファイルをCSSファイルとリンクした。table { table-layout: fixed; width: 750px; } a{ text-decoration : none;} a:hover{ color : red;} のかんたんなもの。<link rel="stylesheet" type="text/css" href="mystyle.css"> 4ファイルはローカルテストで表示不具合を起こすので止めた。Webデザイナーには常識、初心者の私には画期的。今後mystyle.cssをさわることで全体のデザイン自由自在(のはず)。

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2009年1月13日 (火)

加治木饅頭

写真は仲間内ネットアルバムから借用しました。割ってあんこを見せてある撮り方がgoodです。

鹿児島県加治木町の伝統饅頭。由来や作り方、成分、売ってる処はネットで紹介されているので関心のある方は検索して下さい。加治木饅頭へD778の思い出を書きたい。高校時代、日豊線の隼人駅から乗り込むと次が加治木駅。ホームで肩から提げた大きな箱を前にかかえて売り歩く。「かーじきま~んじゅう~」相撲の呼び出しのような抑揚である。

売り子のおばさんが美人だった。だから?覚えている。買うほどの小遣いもない。中学恩師が加治木にお住まいで何かの用事で留守に寄った。加治木饅頭が山盛りで出された。酒饅頭の一種でほんのり酒の匂いがしたと思う。まだ蒸気機関車もある時代、エネルギーを抑圧し鬱々した少年は窓外にながれる煙りを見る。

ふるさとを離れてから加治木饅頭のおいしい国道沿いの店に行った。なんでもありの空港売店でとり扱っていない。赤福のように大量販売ルートへ卸さない。オンライン販売もない?工場対面販売のみ、出来たてでなければ味が落ちるからという理由。実は薩摩揚げも揚げたてが最高だが東京でも売っている。名物にうまいものなしの例外、その製造姿勢、こだわりの営業方針に納得する。

備忘録:1月12日(月)DVDプレーヤーに使うイヤホン980円。池袋北口で英会話サークル他初対面メンバーとカラオケ、15:00~18:00、@2500円。

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2009年1月10日 (土)

捨てた?を忘れた

年末掃除の最中に自分の部屋に置いていたクリーニング店大袋がなくなった。パソコンを包む緩衝材他をごそっと入れて閉じていた。訪問サポートのとき軽量ノートPCを包む。付属部品やデジタルグッズを小さめの袋に入れる。有用だったので捨てるはずがない。古いデジカメの頑丈すぎるケース・・・使うことがなかった。

カミさんが買った革製ショルダーバックも入っていた(A4が入らず使い勝手がわるい)、うっかり捨てなければ思いきれなかっただろう。後味がわるくて元旦早朝マンションごみ置き場を捜しに行った・・・がどんどん上に袋が積みあがってあせくる気力がなかった。

冷蔵庫の野菜入れにカビのはえた野菜が2束あったのでディスポーザーへ。買うのが好きなカミさんにガミガミ。もっとも厨房は私が仕切ってるのだから?管理不ゆき届きは私である。よく点検していれば傷む前に使う手はあった。

もんだいは今日1月10日(土)発生した。台所から「野菜室の仕切りがなくなってるよ。また捨てたのっ。」の声。そ、そんなはずがない。プラスチック製の長いのうっかりでも気づくはず。まわりを探しても出てこない。

まさか?ね(これはひょっこり出てくるはず?)。前回の件、今回の類似件、ショックなのは捨てた?を忘れた、まったくその意識がないことである。ブログに書くことでもやもやに区切りをつけたい。戦災焼失よりまし。

1月6日(火)カミさんの留守をねらって数十年前着ていた衣類を捨てた。正確には衣類リサイクルコーナーに置いた。アロハ風半そでカジュアル、コールテンだぶだぶズボン(仕立て直しに持って行ってムリとわかったので)、若向きのチンチクリンの上着。

パソコン周辺機器は古いものを再活用する。自宅で不要でも事務所で活躍のPCスピーカーもある。音声コード、LANケーブルはなんども復活、再利用。どう考えても世代交代、もう使うこともなかろうと廃棄処分にしたのは、PD(泡の如く消えた記憶メディア)再生機、FDドライブでアダプター(PCとの接続口)がPC側になくなったの2個、DVD-RAMドライブ初期のデカイの(今はモバイル小型が8千円以下)である。

後者は意図的選別廃棄、以後、不要品占有ストレスなし。きれいさっぱり明るい生活。

備忘録:1月10日(土)アット・ニフティストアで買ったポータブルDVDプレヤーDVD-LX89 到着。38480円(送料込み)。ビックカメラ.comでは51800円(10%ポイント)。スイムボード(エバニュー製)1848円。

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2009年1月 9日 (金)

部分尊敬

年末に本棚を片づけていたら「現代によみがえる歎異抄」「歎異抄を語る上下」「般若心経を語る上下」「道元のことば、正法眼蔵随聞記にきく上下」「旧約聖書を語る上下」が並んだ。いずれもNHKテキスト。主に日曜朝5時からの「こころの時代~宗教・人生」に1年間放送されたもの。むかしから宗教ないし信仰に興味があるほうでShinran_03 ある。

自家法事は神道だがどちらかといえば仏教に親しみを感じる。お寺を散策するのが好きだから。しかしついに信仰に帰依することはなかった。縁なき衆生である。ちょっと調子がいい?と「朝に祈り夕べに感謝」を忘れる。私の宗教への態度は文学的感心の域を出ない。

録画して観る「こころの時代~宗教・人生」は1時間、長すぎる。オモシロく作っている大河ドラマも45分。20分も我慢するが止めることが普通。世の中には特別の起伏ある体験をし世のため人のために行動し著作や講演(説法)をしているエライ人がいるものだ。感服することしばしばだが「だからそれが自分とどう関係があるの?」である。

なにより自分が感じ考え格闘しなければ、受け売り伝聞知識をいくら増やしたところで意味がない。改革するなら消化不良の理念からまわりでなく身のまわりへの働きかけ行動から。だが信仰古典の含蓄は深い。無人島か刑務所に行くことがあったらじっくり一行一行をかみしめて読ませてもらう。外出不可ネット不可?になったら熟読を考えたい。

それでもたまにスルドイなあという言葉にでくわす。親鸞は「凡愚と卑下しながらじつは謙遜を気取っている自分がいる」と看破(自省)したそうだ。道元は人間として生まれ仏法に出会うことの難しさを「盲亀浮木(もうきふぼく)」というたとえ話にした。意味はネットで検索して下さい。「なぜ私という存在は世界をみわたしても歴史上もただ1人だけなのか」という奇跡を科学は説明できない。

いっときの「あの人は立派な人だ」という全的信頼は途中から「ちょっとちがうんじゃない?」と興ざめに変わる。全体を考えているなんてウソだ。部分尊敬に意識転換することで、すーっと気が楽になる。「たんに自分が目だちたいだけじゃないか」みんな自分が一番かわいい。注目されたい拍手されたい、それが本能。だから他のそう思う気持も同じように尊重しよう、と仏教者に教えられるとなるほどと思う。

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2009年1月 7日 (水)

般若坂の決斗

決闘でなく決斗。1962年東映、内田吐夢監督、宮本武蔵シリーズ第2作(1年1作で全5作)。中村錦之助主演、吉川英治原作。その後NHK大河ドラマで市川海老蔵など多くの俳優が武蔵を演じたが錦之助を超えることはできない。剣禅一如、求道者の風格、躍動美、凄絶な殺陣の極致。誰が「みだれ髪」を歌っても美空ひばりに見劣りするのに同じ。

奈良の町で乱暴狼藉をはたらく牢人(注:浪人でない)衆からおとしめられた武蔵は憤然、鬼と化して斬りまくった。テレビの普及していない47年前、映画館の大画面で武蔵錦之助の眼がつりあがり頬で息する野生的演技にしびれた。「巌流島の決斗」で佐々木小次郎役高倉健がミスキャストのこともあって「般若坂の決斗」のラスト斬り合いシーンだけが胸に刻まれた。

備忘録:VHSビデオ→HDD→DVD→ファイル変換(VRO→WMA)→編集(1時間47分から1分22秒を抽出)→ストリーミング配信  映画著作権違反を「内部通報」しないようお願いします。小学校に上がる前後の男の子の遊びはチャンバラゴッコだった。タバコ栽培農家が多い。供出する葉を採った茎が乾燥して白いタバッガラ、おもちゃの剣に代わる。折れやすくケガをしない。花は霧島、タバコは国分♪は我がふるさと。

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2009年1月 6日 (火)

日本橋三越→日比谷公園

1月3日(土)はカミさんと日本橋三越ライオン前で待ち合わせ。1時半から箱根駅伝の最終ランナーを応援した。道路の両端に群集がいっぱいであちこち移動して選手を正面から見る位置に陣どった。大手町ゴール、読売新聞社Ph23_01前よりこちらの方が少ない。テレビ観戦であれだけ迫力があるのだから現場ではさぞ?・・・逆である。数十メートル離れたところを一人また一人「点の静止画」がスーッと通りすぎる。うおーっという歓声はない。必死の顔アップ、ダイナミックな足の運びはわからない。テレビ中継はヘリコプターまで駆使した演出映像、作りものである。テレビと現場、どちらが 「真」なのだろう。

晴天である。京橋を通って銀座まで歩いた。東京駅の八重洲口あたりで高島屋、ブリヂストン美術館を左に見る。関東大震災や東京大空襲をくぐりぬけた大江戸の名残。石碑を2つ見つけた。江戸歌舞伎発祥の地(上写真)、京橋大根河岸青物市場跡(下写真)。中央区観光協会サイトから・・・江戸時代、京橋川河岸は野菜の荷揚Edo09_02_01場で、八百八町の住民たちに新鮮な野菜を提供していた。この別名「大根河岸」は、関東大震災まで続いていたが、震災後は、神田や築地に移転した。・・・JR有楽町駅まで歩いてビックカメラでお目当てのDVDプレーヤーの価格チェック。三越の倍はにぎわっている。

日比谷公園に着くころは冷えていた。住居のなくなった非正規労働者年越し派遣村で一袋4個の格安りんごを買いカンパ箱に寸志を入れた。道路を隔てた厚生労働省が講堂を開放した。前例主義の役所が運動に押されて奇特な対応。就活支援で履歴書の写真撮影サービス、書き方指導コーナーがあって順番待ち。人の情けにいつまでもすがって食や住をよしとしない。炊き出しに日比谷公園ホームレスも差別しないとのこと。国民の共感と支援をいかに広げるか。村長は見事にリーダーシップを発揮された。5日(月)の帰宅時に寄ったらテントは跡形もなく片づけられていた。

備忘録:1月4日(日)夜次男夫婦が来た。ようやくhappy01正月らしい雰囲気。深夜あれこれ持たせて世田谷まで車で送る。「あれこれ」はおやじの気づかない母親のエリア。1月2日(金)初泳ぎでバタフライ50メートル成功。うれしかった。

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2009年1月 2日 (金)

老いのけじめ

大みそかは紅白の終わる前11時25分にカミさんと家を出て熊野神社へ。晴天である。100円年越し蕎麦、無料甘酒をおいしくいただく。0時まで行列が動かず11時Shimurajou1745分発でもよかった。持参した破魔矢を焚き火にくべ丑年の破魔矢を買う(1000円)。昨年は親族に不幸もあったがわが家の魔を払う意味では御利益があった破魔矢。夫婦で初もうでをすませておくとほっとする。

元旦は二人で 静かな雑煮である。一人正月の方も多いであろうしそれぞれの区切りや充実感をお持ちと思う。日比谷公園年越し派遣村では住まいを失った方々が温かい善意にかこまれた年末年始。2日(金)年賀状の返礼を出し、10時過ぎから初泳ぎ。カミさんは箱根駅伝を見ていたが迷った末昼から東武百貨店初売りに行った。

081231hibiya

20代で早世した同窓M君のお母様の年賀状。"する事がいっぱい有りし息子逝く する事の無きわれにまた朝"、・・・三十六年、賀状を頂く度にあの子が居るような気に成れました・・・これで賀状は失礼させて頂きますが、どうも永い間有難うございました・・・と結んであった。筆圧十分で老衰は感じられないがなにぶんのご高齢である。まだ書けるうちにけじめをつけられたのだと思う。

急逝後のお悔やみの手紙にはじまって、一度だけの弔問、長い間の年賀状交換・・・私のしたことはよかったのだろうか余計なことだったのだろうか。親御さんの気持によりそうものであったか、感傷的自己満足か。ここ数年は私からは出さず返礼だけにしていた。

2日の夜奥様を亡くされたと聞いていたKさんから電話があった。がん発見遅れ61歳の若さで。お話であれこれを乗りこえてこられたことを知る。OB会ネットで見事な水墨画を拝見した。

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