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2009年2月27日 (金)

春の夢

夢を見た。朝方だが目が覚めているようないないような。まどろみのなかで情景を反芻する。売上げで困っている会社員時代の姿。(月)の午前会議で当月閉めの販売見通しを言わなければならない。憂鬱な日曜日、出社拒否症になりそう。顧客と直接相対したものではなく2、3段階の販売ルートを経由する間接営業。途中の在庫を増やせば若干の売上げ数Miya576c 字を「作る」ことができる。

製販のビジネスモデルは失敗の繰り返し、ダッチロールを続けた。あれはガダルカナル作戦だ。大本営も指揮官も自信がない。自信がないのに現場前線を追求する。商品と顧客を深堀りしない精神主義。過去の成功体験はマイナスに作用した。組織いじり「挽回対策」は見識がなくても権限でできる。

責任をまともに感じたり真剣に取りくんだ人ほどキズが深かった。社内調整に神経をすりへらす。個人奮闘の次元ではない。しかばね累々、ノイローゼ、左遷、蟄居謹慎、さらしもの。その後「破壊と創造」によって根本制度を変えなければならなかった。幹が腐っていた。個々の責任者、担当者を責められないと思う。私も同罪。解雇にはならないので外部からみればコップの中の嵐。

人事配置もミスマッチ。先端事業に適した人材が少ない。先が見える?私はムダな努力がわかっていた。よってちゃらんぽらん、ホ(穂)がなか社員。他部門から引き取り手もなく、過ぎてみれば最長不倒距離。商品が好きであり人間関係がよければストレスも軽かったのではないか。「満期でも勧奨でも慰留でもなく、自己判断で退職時期を決めた。」

夢に出てくる同僚はきまって撤退商品の終戦処理を命じられた人や縁の下の地道な仕事をこつこつとこなした人。なつかしい、会ってみたいのはやはり「こんなときこそ」心が交流したあの顔、この顔である。ブルーの夢を見たのは前日送っていただいた職場OB会集合写真に「当時のあれこれ」を思ったからであろうか。あるいは子供たちの「心配」が乗りうつったのか。深層心理の浮上。

備忘録:2月26日(木)歯医者。草津会8名(池袋)。OB5+現役3。1週間の断酒を破る。ノドがかれるほどしゃべった。写真は仲間内ネットアルバムから借用しました。原画3458KB→75KB圧縮、横幅800ピクセルに。クリックで拡大、二次利用禁止です。この高度からの写真はめずらしく、構図も抜群。

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2009年2月25日 (水)

プロとアマの間

前回の「玉と瓦礫」みたいな記事の書き方はむずかしいです。具体的に書くと筆禍になり、抽象的に書くと「よかぶってる、何が言いたいかわからん」になる。発信後なんどか部分修正しました。Plc_img_01

2月23日(月)注文ラーメンがくるまでの待ち時間。私「うっかり、電灯線通信(PLC)持ってくるのを忘れ ましたよ。」パソコン無線トラブルのM氏にお貸しすることにしていた。親機から5メートルでアンテナは3本立つが切れるのだという。「つながらない」でなく「つながりにくい」である。不通、途中で切れる、この症状の違いは大事。

先週の会話。W氏「チャンネル変更してみたら?」 M氏「ウィルスにやられたかも。クローズアップ現代でやってたあれ。」 私が自宅で余っているPLCを思いついたのはそれでつながればウィルス感染・ハード不良ではない、と原因の消去法がすすむから。原因特定ができれば解決9合目。私「他の電波が悪さしてません?電子レンジがそばにあるとか。」

Gaikan 今日の会話。M氏「(付属ソフト)のインストールで解決しました。 I氏「すごーい。Mさんはプロだ(やや冷やかし気味の賛辞)。」 M氏が「マニュアルを見ながらですけどね。」とてれる。私「ほんと、すごいです。プロはマニュアルを見ながらやるんです。トラブルの原因をあれこれ推測しトライしながら解決をする、その複数プロセス(アプローチ)がプロ。」とエールを送った。

未知のトラブルに遭遇して途方にくれる、ここまではみな同じ。アタマまっしろ、かんたんに引き下がるか、好奇心をもって向かっていくか(聞いたり調べたり)、マインドの違いは数年後にプロとアマの差になる。手順はメモに書いておけばいい。メモをなくしてもネットに「困った」「教えます」情報がいっぱい。

備忘録:2月24日(火)藤沢→保土ヶ谷。復路大船で降りて横須賀線、根岸線、東海道線(当たり)で迷った。長男には事前メールしてあるので留守部屋に入る。国道沿いの本陣跡看板を読む。小雨でゆっくり散歩できないのが残念。横浜ビジネスパークから至近距離、天王町駅(相鉄線)との間にルネサンス(スポーツクラブ最大手)がある。中を見学した。2月23日(月)で日経パソコン誌購読終了(あしかけ12年)。断酒で快調。

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2009年2月24日 (火)

玉と瓦礫

コミュニティAに脳性まひ、車椅子の方がいる。定刻からやや遅れて入ってくる。歓迎するリーダーの笑顔、メンバーのまなざし。先日はどしゃぶりの雨、傘がさせない車椅子。アタマから全体を覆ったカッパに水が滴っていた。そうまでして出席したいのはこのコミュニティの居心地がいい、自分が尊重されていることを感じているからではなかろうか。

雰囲気は作り物ではできない。この方の明るさ、前向きの姿勢にはげまされる。健常者が障害やハンディをもつ人をはげますのではなく、逆の事例のほうが多い。自分が人間として真っ当であるか、ゆがんでいないかを確認したいなら何らかの障害、ハンディをもつ「友人」を持つことである(探してでも)。

数十年ぶりに知り合い複数に会っていささか拍子抜けしたこと。あれほど順風満帆だったのだからその後も多彩な経験を積み、花も実もある人間になっているだろうという期待は淡く消えた。こちらの浅さと軽さは棚に上げて、他への思い入れは高まる。なーんだあの程度。私の関心は人間としての深み、感度。職業、肩書、知識量は関係がない。

ある時期、夫婦手を取り合って泣いたのではないか、それも越えてきた。失敗、退職、リストラ、倒産。身体がふるえるほどの恥辱、臥薪嘗胆、切歯扼腕。他の痛みがわかるのは自分も経験しているからだ。本や映画、講演など知識では伝わらない。公私の苦労が心のヒダとなって垣間見える。ほの見えるから確かである。おおむね、はにかみ、寡黙、やさしい無関心の外形をとる。長生きしてみるものである。

備忘録:某ラーメン店でいつもの醤油ラーメン650円。入り口の自動販売機に千円札を入れておつりハンドルをおしたがちゃりん250円しか出てこない?おかしいなあ、待ってる人がいるのでそのまま。定番コース某珈琲チェーン。170円のブレンドコーヒーを注文。220円を渡したが「ちょうどいただきます」 えっ?後がつかえているのでそのまま引き下がった。先方にも当方にも間違いはある。些事は穏便に。

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2009年2月23日 (月)

断酒

2月19日(木)人間ドック(1年半ぶり)。控え室でマスクをした現役のN氏に会う。なつかしくてあれこれしゃべろうとするが二人とも次々に看護師さんに呼ばれて診察室に、会話はとぎれた。数年ぶりの胃カメラ、内視鏡検査は難Fukinotoull300g儀した。グォーッが3回、あぶら涙たらたら。医師の「もう終わりますよ」にはげまされてなんとかがまんした。

カメラを抜かれたときに思わず「あー、ひどい目にあった」と声が出そうになった。その場で画像を解説してくれる。心配したのどのイガイガは外観ではなんともなく胃酸の逆流が原因だろうとのことだった。逆流性食道炎。

11時前、開始から2時間半後には医師が総合結果を説明してくれる。メタボ、すれすれOK。悪玉コレストロール(LDL)が危険水域まで上がっているとのこと。時系列表で今回だけ赤字になっていた。治療開始直前。なんでだろうと反省するに、卵を油で炒める料理が好きなこと。あれかな?酒の飲みすぎ?

心電図で波形がおかしい。これも初めて、紹介状をかいてもらって再検査になった。なにも自覚症状はないのに。いや、母が心筋症で倒れたことがある。父も心臓はつよくなかった。血筋としてはそうなのだ。プールで息が上がりやすいのはやはり体質だろうと自覚した。大腸はなんともなかった。

がっくりしたのは、あれだけ泳ぎまくって努力したのに結果が体質改善に反映されていないどころか、逆に数字が悪くなっていたこと。帰ってカミさんに報告、苦笑い。その日はなにもする気がおこらなかった。2月21日(土)地元の総合病院で心臓の再検査。紹介状があるとすっすっと終わった。3月5日(木)に心エコー検査を受けるが、医師の表情からは心配ない?と希望的楽観。

がつがつ運動するだけではだめなのだ。思い知った。耳鼻科に通っていることもあってプールを隔日ぐらいに減らした。「毎日おなじみさん」たちが、どうしたんですか?と声をかけてくれる。

とつぜん断酒を決行。もう3日間、一滴も口にしていない。深夜の2,3百カロリー摂取(間食)を止めるのだから体調がいい?よく眠れる。休日は昼間飲酒もめずらしくないアル中前期症候群。まだアルコールを自覚的にコントロールできること、病院や刑務所で断酒を強制されても大丈夫とうれしかった。だれも薦めても褒めてもくれない自家断酒、さてさていつまで続きますやら。

備忘録:2月20日(金)寒波、コート復活。2月22日(日)午前、コミュニティXで「構造改革と内需拡大」を報告した。10年ぐらいを数字比較すると一目瞭然。午後、両国国技館へ「第25回国技館5000人の第九コンサート」を聴きに行く。「前売り券完売につき当日券はありません」の表示。残念だが、満員慶賀。代りに江戸東京博物館を見学。企画展「薩摩焼~パリと篤姫を魅了した伝統の美~」2月15日(日)玉川緑道散歩。2月21日(土)ゆがいた菜の花、ふきのとう(写真はネットから)黒い部分をカットして豚肉と炒めた。春の気配、美味。大阪のT氏が心臓大手術の報、結果良好?祈る快癒。

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2009年2月21日 (土)

村上春樹氏の気骨

息子たちがよく読んでいる村上春樹氏(60歳)の作品。評判の高いいくつか(文庫本)を読んだことがある。幻想風景のような描写が延々と続いてたUmibenokafukaいした感興もわかなかった。好みの問題。ノーベル文学賞の候補になるし海外で翻訳され日本以上に有名ら しい。

村上氏がイスラエル最高の文学賞「エルサレム賞」を受賞した。2月15日(日)エルサルムで開かれた授賞式の講演で、イスラエルのパレスチナ自治区ガザ攻撃を批判したという報道にはびっくりした。

講演を聴いているのはイスラエル大統領をはじめハマス憎しの700人。戦闘状態の中の厳粛おめでたい席である。文化勲章を受章した外国人が天皇陛下の前で日本政府の方針に苦言をていしているようなものだ。

村上氏はガザ犠牲者の多くが非武装の子供やお年寄りであり、弱い「卵」にたとえ、イスラエル軍の戦車やイスラム原理主義ハマスのロケット弾を「壁」にたとえた。自分は卵の側に立つこと、イスラエルの過剰攻撃を非難した。受賞式に出席することを迷ったが「沈黙、何もしないより現地に乗りこんでメッセージを伝える」ことを選んだという。行動した。

2009021600000004maipintview000 村上春樹氏はただ者ではないと思った。海外に示す日本人の気骨としてもっと注目されてもいいと思う。文化勲章をもらうと喜々とする文学者がほとんどである。冥土の土産になる。

松本清張氏は骨太の作家として没後なおファンを獲得しているが文化勲章に縁がなかった。反権力の作風ゆえに選ばれなかったのか、本人が辞退したのか不明である。

備忘録:2月13日(金)重たいパソコン運搬の必要ができて「スポーツバッグ」を購入。イズミヤ、5900円。実は背負うバッグはなんどか買い物失敗。安物を衝動買い、気に入らずに捨てたのもある。登山用の小さなのが手持ちだが、大きいのもほしくてあちこち探し躊躇していた。上部が後ろに垂れないよう締め付けもついてようやく「買い物成功」である。2月17日(火)ジム床、プール用具一式を入れる大きめの手提げバッグを購入。4980円。

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2009年2月19日 (木)

寒い朝

吉永小百合さんのお父様が七高生であったことを知りました。なるほど、薩摩につながる女性は優しさのなかに芯があり、反骨だけどギスギスせず、きれいじゃっどんよかぶらない、と感じ入った次第・・・以上控えめな(期待をこめた)ふるさと自慢でしたhappy01。 おとこんしにこびるな。

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2009年2月18日 (水)

病気と健康

うながされて壇上に上がった医学部教授が「講演」した。宴席なので既にできあがっている。「みなさんはびょうきですっ。」 足腰しっかりしてい800pxafrican_bush_elephants1るから会に出席したのに、えっ、全員病気?「病気」の自覚はないが、カミさんも私も夕食後に薬を飲む。同僚は昼食時に薬を飲む。薬によって悪化を防ぎ健康体を保持する。皮膚病や耳鼻咽喉科などは症状が目に見えて薬によって良化が確認できる。

内臓疾患は問診アンケート、血液、大小の検査、内視鏡など、人間ドックで数字を示されないと確認できない場合が多い。早期発見されることもあるが発見できないこともある。「異常なし」「無罪放免」「健康体」は誤診、自己満足の危険を残す。病気と健康を二者択一、分水嶺でわけるのでなく「まあまあ健康であるが、かるい病気不調も併せもつわが身」と考えた方がよさそうだ。「苦しい」「つらい」と感じるのは生きている証。加齢現象は病気ではない。

環境汚染されていないサバンナのシマウマや豹はどんな病気にかかるのだろう。広い草原、過食も運動不足もないからメタボはない。病気があったとしても自然現象、人間ほど大騒ぎをしない。治療もしない。象は死期をさとると自ら群れを離れ老衰死すると聞いたことがある。子象も兄弟象もその死を過度に悲しまない。輪廻転生を坊さんに説教されなくても本能で学んでいる。生老病死の悩みがないから宗教もない。

備忘録:2月13日(金)日中23度の猛暑。街を歩く多くの人が上着やコートを手に持っている。スポーツジュエン・アメ横館で買ったシリコン製スイムキャップ1134円、うちでかぶったら耳が覆えず失敗。フィンガーバドル(指のひれ)756円、役立たず失敗。2月16日(月)コートを脱いで出勤。

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2009年2月15日 (日)

家庭内ストレス(なし)

居間でカミさんが観るサスペンスは私には「騒音」でしかない。冒頭でおきまりの殺人シーン、出血たらたら、ぴーぽぴーぽ、パトカーのサイレン。いらいら、やめろやめろ。私が録音で聴く中国語会話(不審音)はカミさんには「Cube_img_2騒音」でしかない。別室にこもるには寒い。お互い貴重な週末ヒマ時間。夫婦として「人の気配」は感じていたい。同じ悩みをお持ちのご家庭もあると思う。

わが家は「音の分離」で家庭内ストレスを解消するのに成功した。テレビにPC用スピーカーを付けた。これで角度を変えながら自分が聞こえる程度に音量を調節する。こちらにも聞こえるがウルサイほどではない。部屋中にひびくステレオサラウンドがじゃまなのだ。

私はICレコーダーにイヤホンを付けて録音を聴く。語学は耳の集中なので他の音声混入は困る。かといってシャットダウンしたほいほどではない。「プール、何時から行く?」などの会話はできるし、録音なので一時中断(停止)して応答も可能。小型スピーカーを駆使してつかず離れず円満関係が実現した。

備忘録:写真はELECOMサイトから借用。このメーカーも気の利いたデジタルグッズ多数を発売。TPOで使わなきゃ損々。2月13日(金)耳鼻咽喉科。玉川上水緑道を歩く、文化の香り。2月14日(土)御徒町駅近くの水着専門店で1000円の中国製水泳パンツを購入。神田スポーツ街より安い。

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2009年2月13日 (金)

樹氷

歌手の大木康子さんが2009年2月2日(月)が亡くなられた。肺がんで66歳。ネットで調べるとシャンソン歌手でヒット曲、ファンも多くコンサートで活Okijihiyou躍しておられた。申し訳ないがあまり存じ上げず、私にとって唯一のそして鮮烈な記憶はクーラー(冷房専用機)の愛称「樹氷」、CM ソングの歌い手大木康子さんである。

1970年、山上路夫作詞、いずみたく作曲。大木さんが事業所の講堂に来られた。K氏の先導。初めて聴く本物の歌手の朗々たる歌。声に艶があり、体躯も堂々としていた。歌詞はロマンチックでほぼ一番を覚えているが、ネット検索でどうしても確認できないのでここに記さない。

1999年の正月、家族4人で新宿からバスで蔵王に行った。リフトを降りるときにこける。ロープウェイ「蔵王山麓駅」近くの斜面が恐怖。今回2009年2月9日(月)は左側コースを10日(火)は右側コースを滑った。最大斜度38度、横倉の壁、大森の壁以外はほぼ全コースを制覇。10年前からの進歩?を確認して感無量happy01 長尺スキー板がビギナーも扱いやすいカービングになったのが大きい。ガスがかかって滑り降りる先が見えなくなるとやはり恐怖、あわてて下のコースに移った。

P_course_4  2月10日(火)ロープウェイを2つ乗りついだ「地蔵山頂駅」で初めて本物の樹氷を見た。モンスターのように木がすっぽり雪に覆われている。残念ながらふぶいて見渡す限り樹氷原といかない。駐車料平日無料。車中でDVD三昧のカミさんが観光だけの客がいるのに触発されて一緒に登った。往復2500円。ちなみにリフト券はシニア2日で7900円。保養所で食事しながらライトアップされたナイターコースを見るがスキーヤーを確認できない。保養所も客より従業員が多い?

備忘録:カメラは持っていったが1枚も撮らなかった。掲載写真はネットから借用である。困ったのは福島も入れると3泊4日の「暴飲暴食」で増えた2キロのダイエット。来週2月19日(木)のドック検診に向けてしぼるしかない。食事量-運動量=体重、の物理法則。福島駅東口東横インの目の前にセントラルウェルネスがあり、水着を持参しなかったのが残念無念。

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2009年2月12日 (木)

まあるい疲れ

私にとっての吉永小百合さんはまずもってバタフライの名手である。若い日、にこやかに「寒い朝」を歌う清純派。いま躍動するしなやかな肢体にNempu目を見はる。その反転、落差のインパクト。このブログにNHK映像からゲットした彼女の華麗なるバタフライを載せている。録画アップでなくあえてTV画面撮影にしたが、これでも著作権違反だろう(委細省略)。

人気絶頂期に15歳年長氏と結婚した、早稲田大学社会人入学、原爆詩朗読ボランティア、出演作の選別・・・確固たる考え方、価値観、思想を感じる。還暦超え御歳すでに?歳、いや増す輝き。

日経090107小百合さん執筆から転載「・・・私自身、水泳を習いだして今年で二十年になる。それまでは乗馬やスキーなど戸外の過激なスポーツを好み、よくケガをした。水泳は疲労の仕方が穏やかで、体がまあるく疲れる感じ。・・・今は週に2、3回、2千㍍ずつ泳ぐ。よく飽きないねと感心されるが、できるものなら毎日だって泳ぎたい気分だ。」ロケ地、海外にも水着を持参し、市民プールに飛びこむ。「・・・水の中ではノーメークなので気取ることもない。水着一枚で『裸の付き合い』を楽しんでいる。・・・」

090212sayuri 同感です。もろ手をあげて賛成。拍手します。特に「まあるく疲れる感じ」は私(・・・ヒマなので)ほぼ毎晩です。深夜1時間ほど泳ぎこみ、ひと風呂あびて帰りの自転車、真冬の寒風がほかほか首まわりに心地よい、をつけ加えさせていただきます。プールはカメラ持ち込み禁止なので盗撮なし、女優も安心だ。

いつかどこかのプールでご一緒できたら万々歳。分別ある?シニアなのできゃーとか騒ぎません。前方Vの字、入水での手のひら角度、後ろに抜く時の親指、顔上げ(息継ぎ)の角度、腰のうねり、2度キックの水面への出し方・・・フォームをしっかり観察します。

備忘録:上の写真はファンクラブWebから借用、下はTV画面切り取り。2月8日(日)東横イン福島駅東口Ⅱ、2月9日(月)10日(火)松王荘(蔵王温泉街)。2日間スキー三昧。片道400キロ、往は東北道を村田JCTで山形自動車道へ。復は郡山JCTで磐越、常磐道へ。渋滞なし。2月7日(土)水泳パンツを購入、5150円。着てみたらウェストはよいとして足回りなどダボダボ。これでは泳げない、失敗した。

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2009年2月 6日 (金)

「実」の感動を

2月4日(水)ランチミーティングで一人が夫婦で豆まきをしたと披露。あ、そうだ昨日は節分だった。子供は巣立ち孫も同居しない老夫婦だけU000606の豆まき風景を想像してにんまりである。それからひとしきり各人の出身地富山、和歌山、静岡、鹿児島の風習思い出交換。新築棟上で餅や硬貨を紙に包んで屋根からまくのは共通。厄払いや結婚祝いでのうろ覚え行事、小学校に入る前後だから定かでない。

私は七歳のときの七草粥で母親に連れられて隣近所を回ったこと、お盆にのせたお椀に少しずつ粥をついでもらって自家で食べた、おいしかったなあと話した。去年の正月明けだったか、スーパーで売っていた七草粥セットで作ったが味付けがわるく?まず~い。止めときゃよかった。

せめてセリぐらい山野に取りにいけば味わいも違うだろう。なんでも買ってすませる。情報はすかざすネットで検索。便利ではあるが季節感が消えうせた日常。節目、強弱のない都会生活はうるおいがない。年寄りがむかし懐かしい、でなく「なんかおかしいよね」と結論。

山根一眞氏語る。「実」の世界に感動はある、自然の不思議心養う(日経081120)。「オタクは社会性を持たない趣味人のこと。社会性を持って何かに没頭している人はプロフェッショナルと呼ぶんです。」油や土にまみれた3Kのものづくり現場に真の感動がある。山根氏は早くからパソコンなどデジタル機器を愛用し新技術との格闘記「デジタルスパイス」を日経に連載、愛読した。このブログのカテゴリー「昨今IT事情」は山根氏のエッセイの影響ではじめた。

山根氏がドイツ語学科卒と知ってデジタル機器に親しんだりソフトを使いこなすのは機械に強い適性や理系素養は関係ないことがわかる。ところでネットコミュニティで作られる感動は対面の雑音がない。真かウソか知らないが、純化した「あやういけれども新しい形の感動」といえないだろうか。人生経験の長いシニアはそのあやうさに気づくだけまし。おじいちゃんの出番ですよ。

デジタル機器やネットワークが苦手、敬遠している人がネット社会の弊害を言っても説得力がない。もっと使って便利さをわかってから発言したら、と思う。しかし山根氏のようにデジタル先端人、奥義を極めている人から記号コミュニケーションのゆきすぎに警鐘をならされると確かにそうだと納得する。正法眼蔵随聞記の各行がいまもみずみずしいのに対しデジタルエッセイの題材は日進月歩の技術革新で1年もすると古くなる、色あせる。ま、いいか。

備忘録:2月3日(火)昼間、保土ヶ谷駅かいわい、蛍光灯交換など数時間を過ごした。210円+690円=900円×2 歩きまわったあとのグラスビール。 02/02 18:54 次男からメール(悲傷)。しばらく考えて返信した。文字だけで心情表現は難しい。希望が命。

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2009年2月 2日 (月)

すっぴんの時間と空間

Aコミュニティ20人・・・1月24日(土)開催の予定だったが、後事を託した新幹事(埼玉在)から電話がきて「寒いのに東京に出るのはイヤだ。4月ごろ暖かくなってからやろう。」とのこと。幹事団3人で決めたのなら前幹事の私がどうこう言う話ではな02_facilities_bk い。

全員に延期の電話をしてくれたのかなあ?とX氏に電話したら「ナニもないよ」だった。連絡のしかたを含めてお任せしたのだ。気持ちは通い合っているはず。会う会わない、いつ会うかはたいした問題ではない。

Bコミュニティ14人・・・3月に集まる予定だったが幹事から3月長期不在につき「だれか幹事を代わってくれないかなあ」とメールが来た。私は「幹事続行、4月でも5月でもいいよ。」と返信した。既に懸案の30年ぶりの再会は果たした。旧交は温まった。全員出席が暗黙の了解。今度いつ会うかはたいした問題ではない。

Cコミュニティ20人・・・出席14人、欠席連絡あり5(うち遠方2)、返信なし1。もっとも開催案内に「出席の方はメールを下さい」としてある。「なんとなく欠席」者の心理負担をなくするため。2人幹事で私がメール連絡と費用清算。もう1人が挨拶、乾杯、中締めの分担。

3人ではさびしいが5、6人も集まれば十分。催促もしないのに出席率が高いのは「すっぴん自然体、居心地のいい時間空間」だから。だれも特別扱いせずだれも気おくれを感じないように(・・・とさとられないように)。あっという間の2時間半。

1月30日(金)同期新年会、1月31日(土)昼OB新春懇親会、2月1日(日)プール新年会。たまたまだが暴飲暴食3連ちゃんの反省、ほぼフルタイムのカミさんと険悪に?1月30日(金)長男帰宅、顔を見るとほっとする。2月1日(日)10:00~16:00シンポジウム。抑えて2回発言。深夜保土ヶ谷へ行く。1時帰宅。写真は松嵐荘。

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