2010年9月 5日 (日)

呼び戻し

100904g_2 2010年9月1日(水)、82歳で亡くなった初代若乃花 幹士(わかのはな かんじ)、花田 勝治(はなだ かつじ)氏に哀悼。鹿児島県国分小学校で大相撲の巡業があり、若乃花はまだ関脇だった。昭和31年(1956年)に大関に昇進する。私は小学校に入る前。自家から国分小学校までどれぐらいの距離があるかわからないが歩いて行った。若乃花 が若い者に稽古をつける。あの笑顔を覚えている。その後、急速に強くなった。栃若時代、栃錦との名勝負が語られるが先に横綱になった栃錦は若乃花の全盛期にはピークを過ぎていた。1962年5月場所で引退。

子供に理解できる娯楽も少ない時代、地域で1台しかない白黒テレビで豪快な上手投げや呼び戻しにしびれた。身長179cm 体重107kg 、足首が細く鋼のようにしなる。土俵際で逆転が多く、立ち合いに変化して勝つこともあった。若乃花が上手を取れば勝負あった、でその瞬間への注目はいまの魁皇の比ではない。中学の校庭で若乃花の仕切りをマネした相撲で遊んだ。固い土に打ちどころがわるくて意識不明、脳震とうを起こしたことがある。

場所中勝った後の会見では多くを語らず記者にはやりにくかった。「いまの一番どうですか?」と問われて「見てのとおり」でおしまいだったそうだ。投げやりな?相撲もあったとか。朝青龍のほうがよっぽど愛想がいい。引退後は大相撲の古きよき時代の語り部になった。青森県弘前市出身、言葉は少ないが一言に迫力があり味があった。若乃花の著書を読んだ。幻の大技、呼び戻し(仏壇返し)、画像はクリックで拡大、ネット動画をピックアップし横に連結した(相手は潮錦)。もっと大きな画像にしたいが、旅行前時間がない。白鵬が呼び戻しを伝承するようだ。

備忘録:9月3日(金)19:30~20:00、水泳個人アドバイスレッスン、HM先生(男性)。予定が1週間延びた。バタフライ、背泳、クロール、平泳ぎ、の順。指摘:全体として小さな泳ぎになっている。バタフライは前に突っこむ時はお尻を上げてゆっくり腰のうねりをつくる。クロールの腕の掻きフィニッシュで親指が太ももに触れてから上げる。平泳ぎの腕も前から後ろへ十分に水をとらえて掻く。背泳(苦手)の足はもっと大きく下に蹴る。顔は静止ゆらさない。気になっていたクロールや背泳での右ひじの曲がりや肩幅より内側にいくとは指摘されなかった。クロールの下半身の浮き、安定をほめられた。アドバイスを受けての修正泳ぎは○だった。気をよくする。「小学生選手みたいに距離をのばすにはどうしたらいいですか?」「えーと、根性です」

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コメント

初代若乃花は肩の筋肉がこんもり盛り上がっていました。にくらしいぐらい強かった。いまの力士は身長も体重も若乃花のはるか上なのに、関節のあちこちテーピングが見苦しい。

投稿: オールドファン | 2010年9月 7日 (火) 09時09分

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