敬老会としての文化勲章
文化勲章、文化功労者が発表された。・・・偉大なる功績への賛辞、当人の・・・思いがけず受賞しうれしい。
支えて下さった皆様のお蔭で・・・テレビ、新聞報道の定型パターン、お決まりコメント。「待ってました、当然です」はない。文化文明の便益を受けている身として異論はない。私の関心は文化功労者350万円の終身年金である。いずれも高収入の皆さんだがお金(税金還付)はいくら沢山もらっても辞退したくはないんだろうな、何に使うのだろう?と思う。受章に縁のないもののひがみ。
文化功労者中から文化勲章者が選ばれる。今年のノーベル賞受賞者2氏を「あわてて文化功労者&文化勲章に」選んだ。かっこつかないという判断。以前にも後手に回ったのが何度かあった。これらの方々はノーベル賞を受章しなかったら、本国の文化勲章にはふり向いてもらえなかったことになる。文化勲章、文化功労者の基準&選考はどうなっているのかな。文部科学省に審議会があって決めている。映画やスポーツ、作家は業績が見えるが、科学技術、書道、工芸など一般人には貢献度がわからない。画家が文化勲章をもらうと値段が上昇する。真の価値とは別次元の騒ぎである。
芸術や各種団体に「大御所待合室」があって年齢順お呼びがかかっているのではないか。70歳、80歳の高齢者が多い。閉じた団体の中の談合である。ノーベル賞お二人は傑出した世界的業績にかかわらずこの待合室から外れていた。どうせ税金をつかうのなら、あっと驚くサプライズ、埋もれた若手異端の文化功労者を発掘してほしいものである。過去、やっともらえたとばかりはしゃいで記者会見した作家もいたが、今年はカメラの前に顔を出さずコメント文発表ですませた女優もいる。受け止め方も様ざまだ。松本清張は文化勲章をもらわなかった。時代を画する知の巨人であり、いまも多くのファンを持つ。
政治的発言も目立った。創価学会と日本共産党の間をとりもって、池田大作氏と宮本顕治氏を会談させたのが松本清張である。
1975年7月27日に共創協定(合意)を公表、ケンケンガクガクすぐに死文になった。文化功労者&文化勲章をもらうには、老後は余計なことをせず敬老席でおとなしく待っているのがよさそうである。辞退者がネットに載っていた。 すべてかどうかわからない。河井寛次郎(陶芸家) 1955年(昭和30年)、熊谷守一(近代日本洋画家) 1968(昭和43年)孤高の画家で、来客を避けていたが「受章でこれ以上客が増えると困る」が理由。 大江健三郎(小説家) 1994年(平成6年)、 杉村春子(女優) 1995年(平成7年) 。
備忘録:10月28日(木)朝、秋の下着&スーツで外へ出て”しまった”、はや秋がなくて冬である。手足スースーひんやりで過ごした。夜、インフルエンザ予防注射。10月29日(金)ローカル列車(青春18切符)で行く五能線(上の画像)を調べた。うーん、東京からは遠い。10月31日(日)コタツを出した。さあ、冬よ来い。
五能線43駅:
東能代→能代→向能代→北能代→鳥形→沢目→東八森→八森→滝ノ間→岩館→大間越→陸奥黒崎→松神→十二湖→陸奥岩崎→陸奥沢辺→艫作→横磯→深浦→広戸→追良瀬→驫木→風合瀬→大戸瀬→千畳敷→北金ヶ沢→陸奥柳田→陸奥赤石→鰺ヶ沢→鳴沢→越水→陸奥森田→中田→木造→五所川原→陸奥鶴田→鶴泊→板柳→林崎→藤崎→川部→撫牛子→弘前














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