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2011年8月18日 (木)

旅の終わりに・・・次回更新、9月15日

東日本大震災の被災者を支援しようと、カナダ・トロント在住の日本人女性らが8月15日、思いを込めて握ったおにぎりを販売するなど、義援金を募る活動で街頭に立った。 3回目だが、8月17日付朝日新聞、asahi.comに掲載。イベントでは、和太鼓や民謡踊りのグループも参加した。YouTube動画から、一時停止の画像を抽出し2枚連結した。 20110815torontobokin

8月16日(火)岩手から帰った。一ノ関8:55→赤羽19:00、ローカル線はさすがに疲れた。手荷物が増えて、うっかり置きわすれの緊張もある。今回被災現場に近づいて、先入観を修正された。原発に近い福島いわきでは、若者が盆踊り?練習?観客は数人ながら真剣そのもので踊っていた。気仙沼の老舗海苔屋、女性店員さんは道路に向かって背筋を伸ばして客を待っていた。

車内向かい側の質朴な人々の表情を見るともなく見ていてあきることがない。老若男女の車内マナーはいい。足を広げて1.5人ぶん占有したり、荷物を横に置いたり、足を組んで投げ出したりがまったくない。鼻や耳にリングを下げ髪を赤や緑に染めた若者たちが乗ってきたのは、首都圏になってからだ。

今後の行動について、私自身のもやもやがふっきれた。以下ご参考。

1、目の前にある今日の課題(家事、仕事、趣味なんでも)を慎ましく、淡々と粛々とこなす。元気なうちは少しでも他の役にたつ、一隅を照らすことも意識しながら。被災地以外が平穏無事であることが、がんばろう!東北、の足を引っぱらないのが何よりの被災地支援である。

2、ヒマがあり旅費宿泊費があり元気があり東北に近い場所に住むという条件付だが、現地に足を運んで実見することである。テレビや新聞は部分を拡大しセンセーショナルなニュースに仕立てる。悲惨や感動の誇張反復で偏見が生まれる。福島、宮城、岩手に行くことがアブナイような錯覚を与える。東北の山河、歴史、人々の平静な暮らし、その懐の深さは行ってみて実感できる。目的はそれぞれでいいと思う。

3、ボランティア、具体的な活動をしないと気がすまない向きもあろう。募金は使い道を他にゆだねるが、現地の市役所に手渡しすれば最高。遠方から特産品盛り上げにはネット&電話注文もできる。気仙沼の店もHPを開いている大手。さらに「ボランティアライナー in大船渡・陸前高田」一日ボランティア+花巻温泉+平泉観光、で@23000円。男女相部屋、他に同伴者だけの部屋もある。毎晩出る夜行高速バス、池袋~遠野・釜石・大槌。取りあえずの情報収集にも使える。

備忘録:旅での発見副産物2つ。一ノ関駅前に大槻三賢人像があり、大槻文彦、国語辞典"言海" 編纂者の郷土と知った。8月16日(火)の早朝、一ノ関のホテル、チェックアウト前の散歩をした。磐井川の橋のたもとに街宣車が停まって演説している。こんな閑散とした場所でだれが聞くのだろう?、信号待ち数台の車が相手だった。「国民の苦難軽減のために献身する」という日本共産党の立党の精神、、、と聞こえた。そういえば被災地支援の医師団体の中で民医連が最大多数のニュースを見た。民医連HPは充実。

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2011年8月15日 (月)

石巻~気仙沼

20110815a 8月15日(月)朝ゆっくり仙台駅を発、仙石線で松島海岸に来た。一つ先の高城(たかぎ)町まで通じているのだが、JRバス代行運転は松島海岸駅から出ている。牡鹿半島が防波堤になって?松島海岸の被害は少ないようだった。お盆の観光客、物産展のにぎわいを車中から見る。鉄路不通区間なので、まもなく道路沿いところどころに津波に破壊された家屋がある。矢本(やもと)でまた仙石線に乗り換え、石巻の駅へ降りた。ここから女川(おながわ)まで不通、代行バスもなく?石巻線で今夜のホテル、一ノ関に来た。行程は下の路線図を拡大参照。ホテルに7キロのリュックを預け、14:45発、大船渡線で気仙沼へ向かう。20110815b

下車後ネット地図を思い出しながら左へ港へ歩く。気仙沼市役所を過ぎたあたり、途中から小雨、ケータイ傘が役立った。道路沿いをほとんど人が通らず、こんな青春18切符の旅にはだれもつき合いたくないだろうと苦笑する。海が見えた。漁船や観光船らしき船が停泊。地盤が沈下して?海抜0メートルになっている。湾に向いた人家や商店は軒並み、津波にえぐられ地震に破壊されている。3月11日から6箇月ガレキは片付けられている。30分ぐらい歩きながら、とても写真を撮る気にならない、と観念したが・・・めったに来れない記録だから、と思い直して傘をさしながらシャッターを押した。私は記者ではない。惨状写真をブログに載せない。

港からの帰路は、道路の反対側を歩いた。海から500mも離れるとやや坂になっていて商店がある。向い側の老舗、通りすぎたが気になって渡りややまよって店内に入った。20110815c ガラス越しに女性店員さんが観光客のいない外をまっすぐに見ているのを感じた。素通りはたまらなくなったのだ。陳列品は少なく待機している店員さんは多い。お土産は買わない主義だが、海苔、鰹節(スライスして食べる)、ふりかけを袋に詰めてもらった。地元の人とまったく話していない、人恋しかった。「どの辺まで津波は来たのですか」「大変でしたねえ」などの言葉を飲みこんだ。胸がいっぱいになっていた、余計なことをしゃべらずに、よかった。日本有数の漁港、気仙沼の誇り、創業安政四年の乾物屋のプライド、・・・同情で買ってほしくないのは自明である。

備忘録:帰りの電車iPhoneで気仙沼市の被災状況を見る。平成23年8月12日現在、死者数:1,004人、行方不明者数:409人、住宅被災棟数:12,914棟、被災世帯数:9,500世帯仙台。交通費(スタンプ3回で余り)11500円+ホテル代4784円+6631円=22915円、を旅行を止めて義捐金にした方が役にたつという考えもある。しかし、現地見聞はマスコミ情報で代替できない。東北は大丈夫、気仙沼は必ず復興する、と確信した。20110815d

仙台、一ノ関のホテルで汗を流してさわやか気分。無事をカミさんに電話。パソコン持参は正解、LANにつないですいすいである。マウスコードがやや短かった。2009年8月15日、8月30日の「青春切符記事」は参考になった。一ノ関~気仙沼は単調で1時間21分かかる。一ノ関駅から平泉定期観光バスが出ることを知った。もう1日あれば北上泊、花巻から釜石線、釜石に足をのばすオプションもあったが限界だ。明日は東北線をひた走り夕方には東京自家である。

8月9日(火)友人ブログの最新投稿はお子様から・・・「父・□□□□(実名)が長らく病気療養中のところ、・・・が見守る中、静かに息を引き取りました。 ・・・葬儀につきましては、故人の遺志を尊重し、内々で執り行う予定でおります。 生前、父にご厚誼いただきました皆様には心から御礼申し上げます。 ・・・このブログについて、いつまで存続させるかは、家族と協議した上で、改めてお知らせいたしたいと思います。 ・・・」編集ユーザー名(ID)とパスワードを引き継ぎ、遺言したと拝察する。痛恨事ではあるが見事なブログ完結である。

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常磐線「終点」、久(ひさ)の原

8月14日(日)仙台に来た。ホテルからの発信である。すべてローカル列車、観光地をスキップ、老巡礼のおもむき。1日目は、原発事故境界線、避難所、津波地震での家屋倒壊に出会わなかった。 20110814b 余震も収まって?東北でも”圏外”の人々はごく普通の暮らし、マスコミの刷りこみを修正される。東京、日暮里を起点とする常磐線は仙台の近く岩沼が終点だが、東日本大震災の影響でいわきの先、久(ひさ)の原が暫定終点。12時38分、車掌さんは「次は終点、ひさのはら」と案内した。そこから、原発ニュースで耳になじんだ大野、双葉、浪江、・・・相馬といった駅が続く。久の原から広野まで代行バスがあるがあきらめた。久の原が今回JRと徒歩だけ、原発に私がもっとも近づいた地点になった。

待ち時間にいわき市の街をぶらぶら。美空ひばりの名曲、みだれ髪、舞台の塩屋埼灯台は海沿いにあると知った。福島民報、河北新報を読む。いわきから、磐越東線を郡山へ出て、途中福島でも駅中を歩く。お盆だというのにローカル電車の中は空いている。夕方6時過ぎに仙台に着く。車内ではおしゃべりに夢中のおばさんや若者がはしゃぐ姿もない。悲しみ耐えている風景である。避難者にはお盆に帰る自家がない。いわき駅、郡山駅、観光案内ボックスがあるが客は見えなかった。来たことのある福島駅の食品街にはフルーツ王国福島の大ぶりの桃が並んでいた。

20110814a_3

準備万端で、パソコンを含み7.5キロのリュックを背負って最寄り地下鉄朝6・22に乗った。JR始発でうっかりミスがあって予定より1時間遅れた。予定外は当てのない旅でワルイことではない。素通りではわからない発見が感性を刺戟する。水戸駅には風評被害、迷惑をこうむった本場わら納豆が並んでいた。いわきに東横インを発見、ここに泊ってもいいなと歩いていたら笛太鼓の鳴り物、祭りの気配。誘われて行ったら、若者たちが踊っていた。お盆に関係したものだろうが、由緒来歴もわからない。太鼓は活動を鼓舞するが、鐘は多くの御霊を鎮魂する響きがある。音がずっと耳に残った。

備忘録:2011年6月19日 (日)以来の久々の更新、ホテルのLANにパソコンをつなぎ、写真を取りこもうとSDカードを挿すが認識しない、ネットで検索、4GB以上にはマイクロシフトの更新が必要と知って、ダウンロードで解決した。2箇月近くの主な項目は下書き備忘録に保管している。関連集中メールのやりとりも残る。いずれ整理してブログに上げるが、主なイベント2つをピックアップ・・・事務所に元首相が講演に来られて4階会議室が満杯、急きょ5階に映像&音声中継した。テレビ、ビデオカメラ、AVケーブルを新調して、窓の外にケーブルをはわせテスト&リハーサルを繰りかえした。職員一体、手作りライブ、チーム事務局がうれしかった。地元学校のホームページ作成支援に入った。スタッフ3名で2時間の予定が4時間、副校長先生(教頭)に弁当を取っていただいた。教育現場のIT化現状がわかった。いずれも準備から解決まで、、、充実感のある疲れだった。

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